「ひっく…ひっく……蔵馬…ひっく……蔵馬……」
冷たく成り果てた蔵馬の肉体にすがって泣く梅流。
どうやって階段を駆け下りたのか……。
どうやって扉をくぐって、どうやって蔵馬の側まで来たのか……。
梅流は入口に扉付近に、たくさんの失神した男たちの身体が
転がっていたことにすら……。
また、蔵馬の数メートル先に吾甫の遺体が落ちていたことにも、
気付いていなかった……。
「蔵馬…ひっく……蔵馬……」
もう二度と……。
もう二度と開かない瞳……。
もう二度と動かない肉体……。
もう二度と話さない口……。
もう二度と……。
梅流の中で蔵馬との……、
僅かだが、確実な思い出がフラッシュバックされていく。
幼い時……自分を助けてくれた時のことも、はっきりと思い出した。
あの日…狼から助けてくれた時のこと。
「ありがとう」と言って、手当をしたこと。
母から教えられたばかりで、綺麗には出来なかったのに、
蔵馬はお礼を言ってくれたこと。
虫だと勘違いした自分を楽しそうに笑っていたこと……。
そして……再び十年も経ってから、再会した日…。
最初はとても怖かったこと。
逃げ出した自分を助けてくれたこと。
また勘違いしてしまった自分を、また楽しそうに笑っていたこと。
眠っていた時の幼い表情や、過去を思い出した自分を慰めてくれたこと……。
あんな日々も、もう二度と……。
そんなの悲しすぎる。
やっと気付いた……気付くことが出来た……。
蔵馬への……本当の想い……。
「死なないで、お願い……蔵馬…愛してるよ……」
梅流がその言葉を……「愛してる」と言ったその時……。
突然、蔵馬の身体が金色に輝きだしたのだ。
「えっ……!!」
驚く梅流の目の前で、蔵馬の身体が浮上していく。
そして……。
梅流と蔵馬のすぐ側……。
散ったはずの薔薇の花が、フワッと花を咲かせたのだ。
薔薇の花は蔵馬の足下で光り輝き、
その光は蔵馬から発せられていた光をますます強くしていった。
呆然として見守る梅流の目の前で……。
蔵馬の髪が……薔薇のように紅くなり始めたのだ。
髪だけではない。
真っ白だった肉体がほんのりと赤みを帯びて、生気を取り戻したのだ。
まとっていた白装束も消え、変わりに緑色の服が彼を包み込んでいく。
そして……獣耳や尾は消え失せ、顔の横には人間の耳が……。
美しいその光景を見とれるようにして見つめていた梅流の目の前に……。
野獣でない誰かが舞い降りてきたのだ。
彼は閉じていた緑色の瞳を開き、優しく微笑んだ。
「梅流…おれだよ……」
「うん、分かる……蔵馬だね!!」
姿は違う……前と同じところは一つもない……。
けれど、分かる……。
彼が誰なのか……。
自分がこの世で一番……愛している人……。
「梅流…おれも愛してるよ」
「うん、蔵馬……愛してる!!」
梅流は蔵馬の腕の中に飛び込んだ……。
了
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