聖夜の歌声
〜きらきらする音たち〜
星たちが、冷たく蒼く光りはじめた。
木枯らしが、時折すさまじい音をたてて吹き荒れる。
街は、もう冬まっただ中。人々は、コートやマフラーと言ったものを着込み、足早に行き交う。
皆が楽しみにしている「クリスマス」が、近付いていた。
…北風が、とても冷たい日だった。
蔵馬(くらま)と梅流(メル)は、互いに手を取りあって、賑わう繁華街にやって来た。
家でやるパーティーの買い出しのために、彼らはここに来たのだ。
街には、イルミネーションや、楽しげな音楽が溢れている。
今日もたくさんの人が、道を埋め尽くしている。
こんな時期故、カップルも普段以上に多かった。
本来クリスマスは人間のイベントだが、その雰囲気は人に非ざる彼らをも十分に楽しませた。
「見てごらん、梅流・・・。あれがクリスマス・ツリーだよ。」
「ヘ〜・・・わー綺麗!!すっご〜い。」
梅流は、蔵馬の横でむじゃきに騒いでいる。
きらきらと街を覆うイルミネーションに見とれている。
梅流は人ゴミは大嫌いだが、蔵馬と一緒に居られるならどこでも良いのだ。
そんな彼女を見て、蔵馬も笑った。ほんとうに幸せそうに・・・。
蔵馬は心の中で思っていた。
これで良いんだよな・・・。
俺達が妖怪でも、そのことで周囲を欺いていたとしても・・・
梅流が幸せで居てくれるなら、俺も救われる。
日溜まりみたいな、梅流とこうして居たい。
せめて、せめて今だけは・・・。
もし、其れすらも許されないと言うのなら・・・
俺は命をかけて、この大切な時間を、護ってみせる。
梅流は、大好きな蔵馬と居られるので、ただもうはしゃいでいた。
しかし・・・
タバコの匂いが鼻をかすめる。
クラクションが、狂ったように鳴り響く。
人ゴミ。人ゴミ。人ゴミ。
…人間。人間。人間。
う・・・この汚い音たちの渦は・・・
わたしを飲み込んで、何処までも狂わせてゆく。
蔵馬は、長いこと人間界に住んでいるから大丈夫なのだろうが
ヒトとは違う、狐の自分には・・・
もう、堪えられない。
「うっ、うう・・・気持ち、悪い」
梅流がまさにダウンしかけた、そのとき・・・
・‥…♪・‥…♪・‥…♪
Silent Night・・・
Holly Night・・・♪
その澄んだ音楽は、ショート寸前の梅流の耳を、ココロを救った。
なんだか、ウキウキしてくる。・・・全てが軽くなったような感じ。
「蔵馬・・・この歌、な〜に?」
「ああ、これは『きよしこの夜』って名前の歌だよ。」
「ふ〜ん。梅流、なんか、この歌好きになった!!」
そう言って梅流は、赤レンガ敷きの道路の上で、クルクルと回りだした。
・・・両手を、おおきく広げて。羽根のように。
あまりにも美しいその光景。
まるで真白い冬の精が、軽やかに舞っているように見えた。
・・・少なくとも蔵馬の眼には、そう映った。
「おい・・・ちょっと、梅流??」
「〜〜〜・・・
-------------------♪♪♪」
梅流は、さっきの歌に刺激されたのか、歌までうたいだした。
彼女はもちろん、歌のことなど分からない。
人間のうたう曲なんて、何も知らない。
ただ、思いついた旋律に、短い言葉たちをのせていくだけ。
歌詞も切れぎれ、音階はもうめちゃくちゃだ。
しかし、それでも・・・
音を紡ぎ出す声だけは、水晶よりも、聖なる夜に降るという雪よりも、
・・・かぎりなく、澄み切っていた。
いつの間にか、梅流と蔵馬の周りには、大勢の人だかりが出来ていた。
彼女が踊りながら突撃してくるのを、迷惑そうによけていた通行人も、
若いアツアツカップルも、気合い入ったお兄さんも、みんな。
・・・立ち止まって、愛らしい冬の精が奏でる歌に、聞き惚れていた。
その中で蔵馬は、「はは・・・。」とかつぶやいていた。
少し照れたように、頬を掻きながら・・・。
梅流のうたう、デタラメな歌に、「大好き。」とか「蔵馬」などと言う
みじかい愛の言葉が詰まっていたのに気付いたのは、彼一人だった。
・・・そして、今夜はクリスマス。
梅流は蔵馬に、バラ模様のポーチ(もちろん女物;)を贈ったが
蔵馬の方は、家族パ−ティーが終わった後から、ずっと部屋にこもりっきりだった。
とうとう、日が暮れて空が暗くなった。
突然、蔵馬の部屋のドアが、弾かれたように開かれた。
「・・・よし!」
大好きな蔵馬が、いったい自分にどんなプレゼントをくれるのか、
ドキドキしながらずっと待っていた梅流。
彼の様子に、心臓がバクバクしはじめた。
「蔵馬・・・!梅流にプレゼントくれるの??」
「ああ、決まったよ。」
「え!!?な〜に?どんなの??」
「ふふ・・・それはまだ、秘密ですよ。」
ああ、もどかしい。わたし、もう待ち切れないよ!
しびれをきらした梅流が、そう思った時、
「梅流!!屋根に登ってて!俺もあとから行くから。」
・・・はい?屋根??家のですか??
彼の思いも寄らない言葉に、梅流は一瞬戸惑った。
それでも、仕方なく屋根に登り、一番上の平たくなったところに腰掛けた。
・・・蔵馬は、いったい何をする気なんだろう。
2、3分すると彼は、屋根の上にあがってきた。
なにやら紙の束と、黒い大きな箱のような物を抱えている。
「・・・・・??」
蔵馬は紙の束を見せてくれた。
細ーい線の上に、黒い棒マークがいっぱいくっ付いている絵だった。
「・・・これ・・・何の絵なの?ねぇ蔵馬。」
「あ〜、分からないか。これはね・・・」
蔵馬はその紙を自分の前に広げると、黒い箱をばちんっと開けた。
中からは、木のイイ匂いのする、不思議なものが出てきた。
・・・これはきっと楽器だ。あの「ギター」ってヤツに違いない。
そう、ほとんど直感的に思う梅流。
蔵馬はそれを持って構える。
何が始まるの?そう、梅流がつぶやいた次の瞬間。
「----------------------------------------------------------------
----------------------------------------------------------------
----------------------------------------------------------------
----------------------------------------------------------------
---------------------------------------------☆★☆-----------♪」
・・・音が、ひびいた。♪
圧倒的な、音。
きらきらする、音。
優しさにみちた、音。
何処までも澄み切った、流れ星のような、音。
「・・・あっ・・・・・」
梅流は気付いた。
この曲は、蔵馬が自分のためにアレンジしてくれたのだ。
・・・あの寒い日、汚い音に負けそうになった自分が、
初めて蔵馬の為にうたった、歌だった。
そして、このギターの泣きたくなるような音色と、
夜空に向かって吐き出される蔵馬の歌声。
その全てが、世界中でただ一人、わたしの為に贈られたプレゼントなんだ。
身体がちぎれる位に愛してる、蔵馬から、わたしへの・・・・・。
・・・全部を知った時。
梅流の目から、熱いあついものが、一気にこぼれ落ちた。
もう、嬉しくて、嬉しくて・・・。止まらない。
冬の空が、星たちが、きらきらと滲んだ。
「ごめんね梅流、こんな物しかあげられなくて。」
「ううん・・・い、いいの!!ヒック・・・わたし、嬉しい!!」
・・・?蔵馬は、梅流の声が震えていることに気付いた。
「梅流・・・??泣いてるの?」
「ううん!なっ、泣いてないもん!」
「そう、良かった・・・じゃあ、寒くない?」
「う、うん!!大丈夫。蔵馬と居るなら・・・あったかいよ。」
ああ、このひとことを言うのに、どれだけ遠回りしたんだろう・・・。
梅流は、幸せな気持ちを、心の中で深く、ふかく抱きしめた。
「ねぇ、蔵馬・・・。今の歌、もう一度聴かせて・・・。」
「うん、いいよ・・・。じゃあ、もう一度。」
そして------------------。
爆発するように、闇の中に花が咲くように、
・・・きらきらする音が、響き出す。あふれ出す。
今度は、梅流も一緒にうたった。真白い息が、宙を舞った。
水晶みたいな二人の声が、ゆるやかに溶け合って。
・・・そのまま、冬の空をかけ登ってゆく。
空の上では、今世紀最初の粉雪が、街に向かって放たれはじめていた。
二人の楽しいクリスマスを、純白で祝福しようと、
雪は、ゆっくりゆっくり、降りてくる。
・・・まるで、ふたりの冬の精の歌声に、応えるかのように。
「メリー・クリスマス、大好きな蔵馬。」
〜fin〜
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