小さな使者のおもちゃ箱 <著者:NORIサマ>
いつか、妖怪と人間が共存できる日が来るのかもしれないな。
数年前のオレなら「馬鹿げたことを」と一笑に付したかもしれないこんな思いを抱いたのは
小兎達『カルト』が人間界でライブをするからと、招待状を渡してきたときだった。
折悪しく用事が立てこんでいたので招待は受けなかったが
確実に何かが変わっていることは事実なのかもしれない。
そう思うようになってきた自分自身にも苦笑するが。
オレはそれほど楽観主義ではない。
人間界に住んでもう大分経つが、人間の、人間なりの良さを知ったと思える今でも
妖怪と人間との共存などありえないと、その主張だけは変わらなかったし
正体がばれぬように細心の注意を払ってきた。
幽助や桑原君のような一部の人間もいるにはいるが、それでもオレにとって人間は
「警戒すべき対象」であり、また「どこか違う世界の存在」でしかない。
オレは妖怪だ。誰が何と言おうと、幾ら人間として生活していても
妖怪でしかありえないということはよく知っている。
そしてまた人間とは違う存在を排することに全力を尽くす生き物であることも。
それが、望んで妖怪である事を明かし(信じない人間(もの)は多いが)
あまつさえその好奇の視線にさらされながらそれを快感としているらしいことも
驚きを隠せなかった。その存在にではない、そんな時代にだ。
おりしもヴァレンタインが間近であり、菓子業界の宣伝抗争か
どうかは別にして女性達は浮かれて買い物にせいを出している頃。
オレは休日、よく利用する喫茶店に足を向けた。
昼間会った幽助達もどこか落ち着きがないようにみえたのはヴァレンタインのせいか。
いつも落ち着きがあるという二人ではないが、何となくそんなことまでわかるようになってしまっている。
お邪魔虫は早々に立ち去ろうと、そんな気持ちもあったのは事実だが、それも何故か微笑ましい。
「今日は珍しいですね。こんな時間に。」
声を掛けてきたのは、ここ『Cat's Dream』の看板娘、梅流ちゃんだった。
この娘、ここのマスターの娘らしく、まだ高校生になったばかりだというのに
マスターに変わって店を切り盛りしているときも多い。
端で大きくカールされた髪と大きな瞳が特徴の、なかなか可愛い少女である。
「ああ、今日はヴァレンタインだからね。なんとなく手持ち無沙汰なんだよ。」
彼女が訝しがっている様子だったので、オレも冗談交じりに返す。
いつも深夜に来ることが多いオレだ、いぶかしむのも当然だといえる。
その理由は夜遅くまで開いている喫茶店がここしかないという事実にしか他ならないのだが
それ以上に居心地が良くなってきたのも事実なのだ。
「嫌ですね。ヴァレンタインといえばお客さんみたいな美男子なら
デートのお誘いが絶えないでしょうに。」
笑みを隠さずに聞いてくる梅流ちゃん。
この娘とも小学校からの付き合いだから、今更そんなことを言われてもこちらも何とも思わない。
「言い飽きたけどね、それほどもてるなんて事は無いんだよ。
素敵な出会いなんてそれほど転がっているものでもないしね。
あるのはただ平凡な毎日、というわけさ。」
ヴァレンタインだからといって特に何が違うわけでもない。
同じように学校や仕事にいき、同じように一日が過ぎるだけ。
ただそれを望んでいないわけではなかったのだが…。
「そっかなー。まあ、そういうならそれでも良いんだけど。
お客さん、そんなんじゃ女の子にもてないぞ♪
少しは『特別な日だ』って燃え上がってる女の子の気持ち、わかってあげなきゃ。」
そろそろ夕方になり、いつもなら学生でにぎわう筈の時間だが
ヴァレンタイン・デートを楽しんでいる人たちが多いのだろうか、今日は客も少ない。
梅流ちゃんも働いてばかりの自分がつまらないのだろう。
そう解釈したオレはちょっと遊び心を出したに過ぎなかった。
「じゃあ、その女の子の気持ちがわからないお客さんに
そのレクチャーでもしてもらおうかな?」
その言葉は。
しばらく呆然とオレを見つめ返した梅流ちゃんは、いきなり立ち上がると
目まぐるしく動き始めるのでオレも驚いた。
「本当ねっ☆あと30分で支度するから、約束は破っちゃ嫌だよ。」
「お、おい!?」
驚き、思わず席を浮かしたオレに構わず、本当に30分後には
シャッターまで下ろし始めた梅流ちゃんに
オレはいうべき言葉を知らなかった。
遊園地に行ってみたい、今までに言ったことがないとの梅流ちゃんの希望で
遊園地を思う存分回ったオレ達は、もう暗くなった夜道をのんびりと歩いていた。
「こんなに遅くなってしまって…マスターに怒られないかい?」
梅流ちゃんももう昔の小さな少女じゃない。
もうそれなりの年齢には達している筈で、つい心配してしまうオレをよそ目に
充実した、心地よい疲れをそのまま見せる。
「大丈夫。今日は帰ってこないっていってたし。
仲間内で夜を徹して勝負するんだって。
ちょっとは家で待ってるもののことも考えて欲しいものだけどね。」
「おいおい」
思わず突っ込みを入れようとしたオレの手前を
歩いていた梅流ちゃんが突然立ち止まる。
つられて立ち止まったオレは妙に明るい光が差し込むのを感じて、空を見上げた。
蒼白く輝いた月の光が、辺りの草に反射して、昼間とはまた違った明るさを生み出している。
「知ってた?最近、みんなが違ってきてるって。
この時代そのものが変化してきてるって。」
「どういうことだ?」
いつもとは違う、投げ出すような、場違いに明るいその声音が気になる。
「TVを見てないの?最近土星からの新たなる型の宇宙人だとか
妖怪を自称するアイドルとか、いろいろ出てきてるじゃない?
人間だけだと思ってたら、そのうち何がでてくるかわかんないよねー。」
そういった時の彼女の声はいつもと同じ。気のせいか、とほっとする。
内容だけ見ればそう安心してもいられないのだが、最近、よくわからない情報が
マスコミを通じて飛び交っているのは事実であるから
別に彼女が特別だというわけではあるまい。
「例えば、人間に成りすました妖狐とか。」
その声音もいつもと変わらないものではあったが、全身が総毛立つ思いがした。
いろいろな可能性が頭の中を飛び交う。
無意識の内に手を後ろに回し、戦闘態勢を取りかけたオレだったが
目の前の少女は警戒する様子すら見せない。もちろん殺気など全く感じない。
「やだ、大丈夫だって。一つだけ伝えようと思っただけだから。」
ぱたぱたと手を振り、隙だらけのその態勢は、顔や声音と同じく全く変わらない。
「梅流、本当はあなたと同じ妖狐なの…」
そういうが早いか、走り出した少女に、慌てながら追いかけたオレは
突然立ち止まった少女に視線を向ける。無意識の内に警戒心が出ていたのだろう
少女はそれでも見た目には何も変わらないまま、オレに向かって笑いかけた。
「……。」
月の光が先ほどよりさらによく差し込み、彼女の細い首筋を照らす。
半信半疑だったオレも今ならわかる。彼女が、オレと同じ存在だということが。
その妖気は微弱なものだが、それより何より理由がわからない。
「大丈夫だよ、って何度もいったっけ。
ただ、私も人間界に来てみたかっただけなんだって。
本来人間界でいる方が妖狐って自然なんでしょ?だから黙っていられなかっただけなんだ。
そしたら、よくわからないけど仲間の波動を感じたと思ったらうちの店に来るしさ。
ちょっと遊んでみたかっただけなんだって。」
確かにオレは何度も厄介ごとに巻き込まれており、同族ならオレの存在を知ることは
容易かったかもしれない。けれども腑に落ちない。
数年来の付き合いである彼女の正体に、今まで気付かなかったことに。
「どうせ蔵馬のことだから、どうして今まで気付かなかったか疑問に思ってるんでしょ。
それはね…自慢じゃないけどもとの家、勘当されちゃって、妖力の欠片もなくなっちゃったんだよね。
近頃はいろんな妖気が溢れてるから、一応月の光の助けさえあれば何とかなるようになったみたいだけど。」
その様子に敵意の欠片も感じられない。
それでも完全に気を許したわけではないが、オレも表面の警戒は解いて聞いてみた。
「で、何故今オレに正体を明かした?」
「え?言ったでしょ。女の子の気持ちをレクチャーしてあげるって。
女の子の気持ちは移り変わりやすいんだよ。何とかと秋の空っていうでしょ?
あ、又今度うちの店に来てよね。いきなりお得意さまが消えちゃうと寂しいし
それに話したいこともあるんだ。今度は妖狐同士として、ね?」
とりあえず敵意は感じない。不思議な存在だ。
どうやら彼女にとってその正体は、茶のみ友達を手に入れるような感覚でしかないらしい。
妖怪と人間の共存…できる日もそう遠くはないだろう。こんな考え方をするものが出てきているような時代だ。
何がでてくるかわからないおもちゃ箱を抱えたような
不思議な気分になりつつ、脱力するしかないオレだった。
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