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優しさの色 <著者:樋口 杏サマ>


9月は新学期の季節。夏休みに慣れた身体には、少しきつい。
規則正しい生活に、身体のリズムを戻すのだけでも大変だって言うのに
課題なんて出された日には・・・。

 オレは、脳裏に一人の少女の姿を思い浮かべた。
 
大切な・・・大切な梅流・・・。
つい頑張りすぎてしまう彼女は、今ごろきっと、課題に追いまく
られているのだろう。ひたむきに頑張る姿が、オレを惹きつける。
 
「終わらないよ〜」とぼやきながらも、毎日のように徹夜で頑張っていることを
オレは知っている。そんなところを、何よりも愛しく思いながら。
だが、頑張りには限度があるのも事実で。
 
オレは彼女の携帯に、メールを入れた。

 『学校帰りに会いたい。信濃町駅で待ってる』

秋。紅葉の季節。
課題に追われる梅流に綺麗な紅葉を見せて、気分を変えてもらえたら。
ついつい頑張りすぎてしまう梅流に、上手く気分転換させてあげることこそ
オレの役目だと思うから。

梅流からのメールはいつもすぐに返って来る。
オレの携帯の待ち受け画面は、梅流の笑顔。
おそろいの携帯電話を持つ梅流が、茶目っ気たっぷりに設定したのは
いつのことだっただろう?
ディスプレイの中で梅流は、カキ氷を両手に持って
満面の笑顔でオレの方を向いている。
 
夏祭りの時の写真だ。
 
最近は、学校が始まって笑顔にも元気が無いけれど
また梅流の満面の笑顔が見たい。
紅葉の下、また梅流の笑顔が見られるだろうか?

 『私も会いたい!すぐに行くね』

梅流からの返事に、思わず笑みがこぼれる。
今日も課題があるんだろう。
それでも、間髪いれずに『会いたい』と言ってくれたのが嬉しかった。
 
 
信濃町で待つこと数分。
梅流が改札に姿を見せた。
オレにすぐに気付き、駆け寄ってくる。
 
「やぁ」
「・・・久しぶり」

笑顔で挨拶を交わし、どちらとも無く歩きだす。
銀杏並木の方向へと。

信濃町の銀杏並木は美しいことで有名だから、ぜひ梅流と
二人で見てみたかった。
 
「蔵馬?何処へ行くの?」
「行けば分かるよ」

しかし、並木道に差し掛かったとき、オレは自らの過ちに気付いた。

「あれ?ここって銀杏並木?」
 
無邪気に梅流がオレを覗き込む。
しかし、銀杏の紅葉にはまだ早すぎたようだった。
葉っぱはまだまだ緑色を湛えていた。

「早すぎたな・・・」
 
そう呟くと、梅流が小さく吹きだした。
 
「珍しいね、蔵馬が読み違えるなんて」
「今年は8月から涼しかったから、そろそろ色づいててもいいかと
 思ってたんだけど・・・まだまだ全然色づいてなかったね」
 
苦笑したオレに、梅流は空を指差した。
 
「でもほら・・・綺麗な夕焼け!代わりに空が色づいてるから
 良しとしましょう」
 
橙色の空のもとで微笑む梅流の手をしっかり握る。
心が、触れ合った。
鮮やかな夕焼けは、どこか優しい色だった。



 


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