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独占欲 <著者:澪サマ>


遠くでふくろうの鳴き声が聞こえる。
今は何時なのだろうか…。
外はまだ漆黒のヴェールに包まれていて、太陽がでてくる気配は無い。

蔵馬は何故か眠れず、ベッドに背を預けてやわらかな
月明かりの注しこむ部屋を眺めていた。
そっと、隣に目をやる。
そこには、愛しい恋人の姿があった。
今は深く澄んだ金の色を持つ瞳は閉じられ、長いまつげが時々かすかに震えている。
すっかりと安心しきった様子で、夢の世界を堪能しているようだ。

「―――…梅流は、俺の気持ちをちゃんと分かってるのかな…?
 優しいのもいいけど、あまり誰にでも、かわいい笑顔を振り撒かないで欲しいよ」

幸せそうに規則正しい寝息をたてている梅流のおでこを、中指の背で軽く小突く。
案の定、梅流は、
「ううん…、むにゃむにゃ…、もう食べられないよぉ…」
という、絵に描いたような寝言をもらした。
そんな姿におもわず笑みがこぼれる。
「…まったく…、梅流には負けるよ…」
でも、こんなに無邪気で無垢だから、狙われていても分からないのだ。
すぐに他人を信用し、疑うことを知らない。
いつも、蔵馬は気が気でならなかった。
梅流に接する人間に思わず、「彼女は俺のものだ」と叫んでしまいそうになる。
いつも、冷静さを保つのは、蔵馬とはいえ流石に至難の技だった。

そっと、梅流の手をとり、その甲に唇を押し当てる。

「本当は…、この手と俺の手を鎖でつないでおきたいくらいなんだよ…」

そんな、馬鹿なことを考えてしまうくらいに、梅流を愛していた。
ずっと、自分のそばにいるように…。
そのためなら、なんでもしてしまいそうな自分がいた。

「馬鹿だな…、少し頭を冷やすか…」
蔵馬は苦笑いを浮かべ、梅流を起こさないようにそっとベッドを降りると
バルコニーの方へ向かった。
ガラス戸をあけると、冷えた風が入りこんでくる。
外は少し肌寒い。しかし、頭を冷やすにはちょうどよかった。
空を見上げれば、満天の星が輝いている。
手を伸ばせば、掴めてしまいそうな錯覚さえ起こしそうだ。

しばらく、美しい星空に見入っていた蔵馬の耳に、部屋の中から
ガタンという物音が聞こえた。

「梅流…!?」

蔵馬は何者かが襲ってきたのかと思い、部屋の方へすばやく移動
しようとしたその瞬間、

「蔵馬、どこ…ッ!?」

と、勢いよくバルコニーの扉が開け放たれ、梅流が飛び出してきた。
そこに、蔵馬の姿を見つけて、
「良かったぁ…」
と、安堵の声をもらす。瞳には今にも零れ落ちそうに涙が溜まっていた。

「…どうしたんだ?何かあったのか?」

へなへなと座り込んでしまう梅流を支えてやりながら問う。
すると、梅流は頬を赤く染め、蔵馬の胸に顔をうずめた。
そして、消え入りそうに小さな声で応える。

「だって…、蔵馬いなかったから…梅流をおいて、どこかに行っちゃったのか
 と思ったんだもん…」
「…バカだな…。俺が梅流をおいてどこかに行く訳がないだろう?」

甘くなじりながら、そっと華奢な背中を抱きしめた。
胸の奥が暖かくなっていくのが分かる。
触れ合ったところからも、やわらかなぬくもりを全身に感じる。
そのぬくもりが、さっきまで感じていた棘々した嫉妬心や独占欲を溶かしていった。

―――…分かっていなかったのは、俺の方かもしれないな…。

蔵馬は自分を恥じた。
俺の姿が見えなかっただけで、あんなに必死に探し回っていた梅流。
梅流はちゃんと自分を見てくれているのだ。自分を必要としてくれているのだ…。

腕の中の細い体が愛しくてたまらなかった…。

「梅流…、部屋に戻ろう。風邪でもひかないうちに…」

蔵馬はそっと梅流の肩を抱きながら、ベッドへと戻った。
二人でベッドにもぐり込み、梅流の頭の下に腕を差し入れてやる。

「寒くない…?」
「う、うん…」

耳元で囁くと、こそばゆそうにする仕草がとてもかわいい。
よく見えないけれど、きっと耳まで赤くしているのだろう。
蔵馬は今まで絶対に人前では、見せたことが無いであろうと言うほどの
優しげな笑顔を浮かべ、梅流を強く抱き寄せる。

「明日は2人で、どこか行こうか?」

買い物をしたり、食事をしたり。
きっと楽しいに違いないと思い、蔵馬はそう提案した。
2人きりのデートも久しぶりだ。
表情にこそ出ないが、蔵馬はかなりうれしそうである。
しかし、梅流は…。

「あ、そうだ。明日、海藤くんが街でおいしいケーキ屋さんを見つけたから、一緒に行こう
 って誘われてたんだ!梅流、甘いものも大好きだから、楽しみなの!」
「なッ…!」

その笑顔も一瞬で凍りつく。
無邪気な笑顔ではしゃぐ梅流に、手を鎖でつなぐことを
本気で考える蔵馬でありました(笑)






 


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