手紙 <著者:慶サマ>
その手紙は薄い水色の封筒に入っていた。
とてもきれいとは言いがたい文字でつづられた、甘ったるいラブレター。
俺は自分の顔が、みるみるうちに暗く固まる感覚を味わった。
読むつもりなどなかったのだけれど、梅流がトイレに立ったあと
梅流が脱いで無造作に床に投げ出したジャケットをたたもうと持ち上げたら
すとんと音を立てて、それが、床に落ちたのだ。
俺はジャケットを片腕に引っ掛けたまま、それを拾い上げ
差出人の名前をみた。男の名前だった。
梅流を疑ったわけではない。ただ、我慢ができなかったのだ。
その男の視線が、どんな風に梅流をみているのか、純粋にそれが知りたかった。
もしかしたら、単なる友人から受け取ったものなのかもしれない。
その可能性は著しく低いものだったけれど。
しかし、そこにははっきりと「付き合ってください」と書いてあった。
俺は、すっかり読んでしまったあと、どうしたものかと考えた。
梅流は今にも、トイレから戻ってくるだろう。
しかし、一向に思考が前に行かない。
俺はいつの間にか、もういちど、その手紙を読み直していた。
*
「これ」
ぶっきらぼうな調子で差し出されたものがなんなのか
気がつく前に、その男子高校生は駅の中に消えた。
水色の封筒には汚い字で名前が書いてあった。
閉じていない封筒の口からのぞいている白い便箋。私は唖然とした。
自分が高校生くらいに見えるということだろうか。
「あ」
トイレから戻ると、床にべったりと座り込んで
その手紙を読んでいる蔵馬の後姿が目に入った。
「蔵馬」
蔵馬は振り返ると「ずいぶんかわいらしい手紙だね」と言った。
その表情があまりに冷たいので、私は不安になって、蔵馬にかけよった。
「蔵馬、怒ったの?」
蔵馬のまん前にしゃがみこんで、蔵馬の顔を見つめる。
私は蔵馬が発する情報は、なにひとつ、見逃したくないのだ。
それが少し痛みを伴う情報であったとしても。
「いや、勝手に読んで悪かったよ」
蔵馬は下を向いて、静かに便箋を封筒に収め、私に差し出した。
「いらないよ」
私は急に悲しくなってほほを膨らませた。
たぶん、本当は、途中で手紙を捨てずに持ってきたのは
蔵馬が読んだら、やきもちを焼いてくれるかもしれないと思ったからだ。
「そんな手紙、もらったときからいらないの」
蔵馬はとてもクールだった。それに、私は自分が手紙をポケットに
入れっぱなしにしていたことを、ひどく後悔しはじめていた。
ただ、蔵馬が、なんだこんな手紙と言って、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨てた後
梅流は僕のだよって言いながら、頭をなでて欲しかっただけなのだ。
考え始めると簡単に涙が滲んだ。
「梅流?」
蔵馬が不思議そうな顔をする。私は弱々しい泣き声をあげた。
そうっと、蔵馬の腕が伸びてきて、私のからだをすっぽりと包んだ。
蔵馬のからだの温かさが、いっそう涙を誘う。
私は蔵馬にしがみついて、蔵馬が今すぐ、強いちからで
私のことを抱いてくれたらどんなにいいだろうと思った。
理性を欠くくらい、私のことをほしがってくれたら、どんなに嬉しいだろうと思った。
*
親指のはらで梅流の目の下を拭う。
梅流は「あのね」と言いかけるのだけれど、涙でその先が続かないようだった。
「どうしたの」
抱きしめると、梅流の甘い香りがする。
俺はそれを肺いっぱいに吸い込んでから、頭のてっぺんにくちづけた。
「いいよ、無理して言わなくても」
梅流はそれでも「あのね」と言った。
俺はいっそう強く梅流を抱きしめると、その首筋に顔をうずめた。
なるべく感情的にならないようにしようとつとめたら
なんとなく、妙な態度になってしまった。
普段ならば、俺はこういったコントロールがとても得意だ。
しかし、相手は梅流だとつい、演じきれなくなってしまう。
そうして、こんな風に伝わってしまうのだ。
梅流は俺のひずみをぜんぶ、吸い込んでしまう。
俺が梅流のにおいをゆっくりと、鼻腔からからだ全体にいきわたらせるように
わずかな矛盾でも、梅流は敏感に感じ取ってしまう。
「梅流。手紙、切り刻んでトイレに流してもいい?」
耳元で囁くと、梅流は泣き声をしずめて鼻をすすった。
「それより、俺が返してこようかなあ」
俺がくすくす笑うと、梅流もやっと、くすくすと笑った。
「梅流と二人で行って、目の前でキスしてあげようか」
少しだけからだを離すと、俺は涙で光る梅流のほほを両手で包み
ゆっくりと、長いくちづけをした。
「梅流が俺から離れたら、悲しくて死ぬよ」
言うだけ言ってしまうと、すっかり、こころが落ち着いた。
嫉妬など、隠すべきではない。とてもからだに悪い。
そう思いながら、俺は梅流の目じりに残った涙を舌先で舐めとった。
「よかった。でも、死んじゃだめ」
梅流は子供のような赤い顔をしたまま、いつものように微笑んだ。
結局、そのラブレターは、燃えるごみになった。
〜END〜
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