光 <著者:慶サン>
その白い華奢な指が俺の頬に伸びてくるとき、俺がどんなに緊張するかと言うことを、きみは知らない。
その小さな鼻先が俺の赤い髪を掠めるとき、俺がどんなに恥ずかしいか、きみは知らない。
知らないと言うよりも、気がついていないのだ。そのあまりに無邪気な横顔のせいで
キスをするときでさえ、俺が、なんだか悪いいたずらをしているような気分に
させられていることさえ微笑みの放つ光でみえなくなってしまう。
きみは俺のことをずいぶんと紳士的だと思っているようだけれど、本当はそんなことはないのだ。
俺はただ、きみに深く触れることで、自分を壊しやしないかと怯えているのだ。
たとえば、きみへの独占欲や、支配欲や、そういった、少し乱暴な愛に歯止めがきかなくなって。
「梅流」
窓の外を舞っている桜の花びらに見とれていたきみは振り向いて「ん?」と言った。
俺はその肩を引っつかんで、半径三十センチ以内に捕まえておきたい衝動にかられる。
そうして、実際はそうしない自分を、「大人だ」と思ったり、「いくじなしだ」と思ったりする。
「・・・」
黙り込む俺の顔を、きみはあっという間に俺に近づくと
かすかに不安げな顔をして、下から覗き込むようにみつめる。
「どうしたの、蔵馬」
俺はたまらずに、ことばを選ぶことをやめる。
「抱きたい」
一瞬、戸惑うのと同時に、意味を図りかねて首をかしげたあと、きみの顔はみるみるうちに真っ赤に染まり
そのほほえましい様子は俺の緊張をほどいた。
くすくすと笑うと、「だって、だって・・・」ときみは俯いた。
「だって、抱きたいって。だって」
「おかしい?」
きみは首を振り、続けて「おかしくない」と呟いた。
俺はきみの腕をつかみ、ぐいと抱き寄せると、両手で首を支え、上に向けてくちづけた。
心配することなど、何もないのだ。きみの唇は柔らかく、ときどきかすかに震えているようだった。
「愛してる」
耳元で呟き、ゆっくりと体重をかけて、きみを横たえる。
「蔵馬・・・」
「大丈夫だよ」
大丈夫だ。俺が壊すのは俺自身でも、ましてや、きみでもない。
この鬱陶しい、俺ときみのあいだを阻む壁なのだ。
何もかもを俺のものにするために邪魔な、この壁なのだ。
「いいかげん、俺のものになってくれ」
微笑んでみせると、きみはまた、頬を赤らめた。
きみの放つ光が、今は眩しくない。
抱き合っているから、俺のからださえ、包み込んでしまっているのだ。
照らすのは、世界のすべて。俺ときみがつくった、新しい、もうひとつの世界のすべて。
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