それは、とある雪が降る嵐の夜のことだった……。
梅流は先ほどからずっと部屋の中を行ったり来たりしていた。
それも当然だろう。
たった一人の父親が、森へ狩りに出かけたまま帰ってこないのだ。
いつもなら、夕方には帰ってくるのに……もう真夜中である。
誰かに相談出来ればいいのだが、他に身内もいない。
近所の人に助けを求めに行くということも考えたが、
やはりそれだけは……。
町の人々は皆、町長の息子・吾甫の言いなりなのだ。
彼は町の不良の親玉であり、性格の悪さも半端でない上、
親が金持ちなのを鼻にかけた悪者の定番とも言える男……。
挙げ句の果てには、見目美しく愛らしい梅流に、
この上なくシツコクシツコク迫ってくるのだ。
もし、町の人に父を捜して欲しいと頼めば、おそらく……。
それを一番拒んでいたのは、誰よりも梅流の父親なのだ。
心優しく父親想いの梅流のこと。
自分が吾甫のものになりたくないというだけで、
父を見捨てたりは決してしない。
しかし、もし父がただ遅くなっているだけであり、
自分が吾甫のものとなったと知れば……彼は深く傷つくはずである。
ふいに外で物音がしたのを聞きつけ、梅流は慌てて外へ飛びだした。
父が帰ってきた、そう思って勢いよくドアを開けたのだが……。
「ルー!」
そこにいたのは、梅流の愛馬ルーだった。
確かに父が乗っていったはずなのだが、彼の姿は何処にも見えない。
「ルー!お父様は!?」
「ブルルッ」
ルーは一声なくと、梅流の横に立ち、乗るように促した。
父に何かあった……。
即座にそう察した梅流は、
ずぶ濡れになっているルーの背中にまたがった。
「急いで、ルー!」
「ヒヒーンッ!」
ルーに乗り走り続けること半時あまり……。
梅流は父が狩りをしに入った森に来ていた。
やはり父はまだ森にいたのだ。
帰ってこないということは……ただごとではない。
「ルー、お父様は何処……えっ?」
ふいに顔を上げると、そこには……。
何と巨大な城がそびえ立っていた。
暗くてよく分からないが、全体を黒く塗った異形な城……。
まるで悪魔の館のようである。
「まさかお父様……ここに?」
「ブルッ」
ルーが「うん」と言うように頷いたので、
梅流は即座にルーから飛び降りた。
「ルー。貴方はここで待ってて。あたしがお父様を捜してくるから!」
「ブルルッ…」
雪に当たらないよう、ルーを近くの小屋の屋根の下へ隠し、
梅流は城の中へと足を踏み入れた。
城の中も外と同じで暗い印象を与えるダークな雰囲気だった。
明かりの蝋燭も頼りないほど弱々しく、
梅流は何度も躓いてしまった。
「お父様。何処?何処?」
城の中はしんっと静まりかえっていて、誰もいないようだった。
しかし人の住んでいる気配がないわけではない。
明かりが灯っているのもその証拠だが、
何度か躓いた拍子に手に何かが付いたのだ。
明かりに近づけて見てみると、それは白い動物の毛のようだった。
ルーのように短毛ではない、かなり長い……。
犬か何かがいるのだろうか……。
かなり長い時間、城の中を歩き回っていた梅流だったが、
ふと聞こえてきた声に耳を澄ませた。
「め、る……」
「お父様!!?」
間違いない。このかすれたような声は父のものである。
「何処!?何処にいるの!?」
「こ、ここだ…」
「お父様!!」
見ると、足下にあった小さな簡易牢のような所に、
父が閉じこめられているではないか。
バッと屈み、父の手を取る梅流。
「お父様!!」
「梅流……」
「ああ、よかった、お父様!!心配したのよ、本当に!!」
「そ、そんなことより梅流。早くここから逃げるんだ」
「えっ?」
「ここは…ここは恐ろしい……野獣の城だ…」
「野獣?」
一体、父は何を言っているのだろうか。
野獣などこの世に存在しないと言っていたのは、他でもない父である。
父を閉じこめた者はそんなに恐ろしい人物だということなのか……。
ならば、尚更父と共に早く家に帰らなければ!
「お父様、ちょっと待ってて。引っ張ってみるから」
「わしのことはいいから、早く逃げろ!野獣に喰われるぞ!!」
「お父様。野獣なんてこの世にいないって言ってたのお父様じゃない」
「ち、違う!あれは間違いだった!!わしはこの目で見た!
世にも恐ろしい邪悪極まりない野獣を……」
「「それはおれのことか?」」
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