♪music by "Yuht"





第一部
〜雪〜





それは、とある雪が降る嵐の夜のことだった……。

梅流は先ほどからずっと部屋の中を行ったり来たりしていた。
それも当然だろう。
たった一人の父親が、森へ狩りに出かけたまま帰ってこないのだ。
いつもなら、夕方には帰ってくるのに……もう真夜中である。

誰かに相談出来ればいいのだが、他に身内もいない。
近所の人に助けを求めに行くということも考えたが、
やはりそれだけは……。

町の人々は皆、町長の息子・吾甫の言いなりなのだ。
彼は町の不良の親玉であり、性格の悪さも半端でない上、
親が金持ちなのを鼻にかけた悪者の定番とも言える男……。
挙げ句の果てには、見目美しく愛らしい梅流に、
この上なくシツコクシツコク迫ってくるのだ。
もし、町の人に父を捜して欲しいと頼めば、おそらく……。

それを一番拒んでいたのは、誰よりも梅流の父親なのだ。
心優しく父親想いの梅流のこと。
自分が吾甫のものになりたくないというだけで、
父を見捨てたりは決してしない。
しかし、もし父がただ遅くなっているだけであり、
自分が吾甫のものとなったと知れば……彼は深く傷つくはずである。


ふいに外で物音がしたのを聞きつけ、梅流は慌てて外へ飛びだした。
父が帰ってきた、そう思って勢いよくドアを開けたのだが……。

「ルー!」

そこにいたのは、梅流の愛馬ルーだった。
確かに父が乗っていったはずなのだが、彼の姿は何処にも見えない。

「ルー!お父様は!?」
「ブルルッ」

ルーは一声なくと、梅流の横に立ち、乗るように促した。
父に何かあった……。
即座にそう察した梅流は、
ずぶ濡れになっているルーの背中にまたがった。

「急いで、ルー!」
「ヒヒーンッ!」


ルーに乗り走り続けること半時あまり……。
梅流は父が狩りをしに入った森に来ていた。
やはり父はまだ森にいたのだ。
帰ってこないということは……ただごとではない。

「ルー、お父様は何処……えっ?」

ふいに顔を上げると、そこには……。
何と巨大な城がそびえ立っていた。

暗くてよく分からないが、全体を黒く塗った異形な城……。
まるで悪魔の館のようである。

「まさかお父様……ここに?」
「ブルッ」

ルーが「うん」と言うように頷いたので、
梅流は即座にルーから飛び降りた。

「ルー。貴方はここで待ってて。あたしがお父様を捜してくるから!」
「ブルルッ…」

雪に当たらないよう、ルーを近くの小屋の屋根の下へ隠し、
梅流は城の中へと足を踏み入れた。

城の中も外と同じで暗い印象を与えるダークな雰囲気だった。
明かりの蝋燭も頼りないほど弱々しく、
梅流は何度も躓いてしまった。

「お父様。何処?何処?」

城の中はしんっと静まりかえっていて、誰もいないようだった。
しかし人の住んでいる気配がないわけではない。
明かりが灯っているのもその証拠だが、
何度か躓いた拍子に手に何かが付いたのだ。
明かりに近づけて見てみると、それは白い動物の毛のようだった。
ルーのように短毛ではない、かなり長い……。
犬か何かがいるのだろうか……。


かなり長い時間、城の中を歩き回っていた梅流だったが、
ふと聞こえてきた声に耳を澄ませた。

「め、る……」
「お父様!!?」

間違いない。このかすれたような声は父のものである。

「何処!?何処にいるの!?」
「こ、ここだ…」
「お父様!!」

見ると、足下にあった小さな簡易牢のような所に、
父が閉じこめられているではないか。
バッと屈み、父の手を取る梅流。

「お父様!!」
「梅流……」
「ああ、よかった、お父様!!心配したのよ、本当に!!」
「そ、そんなことより梅流。早くここから逃げるんだ」
「えっ?」
「ここは…ここは恐ろしい……野獣の城だ…」
「野獣?」

一体、父は何を言っているのだろうか。
野獣などこの世に存在しないと言っていたのは、他でもない父である。
父を閉じこめた者はそんなに恐ろしい人物だということなのか……。
ならば、尚更父と共に早く家に帰らなければ!

「お父様、ちょっと待ってて。引っ張ってみるから」
「わしのことはいいから、早く逃げろ!野獣に喰われるぞ!!」
「お父様。野獣なんてこの世にいないって言ってたのお父様じゃない」
「ち、違う!あれは間違いだった!!わしはこの目で見た!
 世にも恐ろしい邪悪極まりない野獣を……」


「「それはおれのことか?」」






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