♪music by "Yuht"





第二部
〜獣〜





突如、聞こえてきた声に同時に振り返る親子。
そこに立っていたのは……。

銀色の長い髪と金色の冷たい瞳。
そして何よりその白い獣耳と銀色の長い尾……。
冬だというのに纏っている白い装束は袖無しである。

こんな人間がいるはずない。
つまり……彼は野獣なんだ!

「きゃあああ!!」

思わず声を張り上げて後ずさる梅流。
しかし、その手はしっかりと父の手を掴んでいた。

「珍しいこともあるものだな。この城に二人も人間が訪れるとはな。
 わざわざ喰われにきたか」
「……!!」

その冷たい視線に梅流は完全に凍り付いてしまった。
今までたくさんの怖い思いをしてきた。

森の中で迷子になり、追い剥ぎに追われたこともあった。
市場で突然起こった火事に巻き込まれ、
もう少しで焼け死ぬということもあった。
港で船を見学していた時、碇にからまっておぼれ死にそうにもなった。

しかし……。
そのどれよりも今、自分は怖い思いをしている。
そう身体が訴えていた……。

「まあ、若い女は喰うのは勿体ないからな。
 そっちの男だけにしておくか」
「ちょ、ちょっと待ってよ!!」

はたと我に返って叫ぶ梅流。
野獣に睨まれ一瞬、引き下がりそうになったが、

「あ、あたしはいいけどお父様は食べないで!!
 食べるならあたしにしてよ!!」
「…だから若い女を喰う気はないと言ったろう」
「……じゃあ、どうしたらお父様を逃がしてくれる?」

必死に父の命を助けてと訴える梅流の瞳を、
しばらく見つめていた野獣。
ふいにクックと笑い、そして言った。

「じゃあ、お前がおれの嫁になるか?」
「は……」

突然の言葉で梅流は野獣が何を言ったのか、よく分からなかった。
しかし、その意味が分かった途端、梅流の顔から血の気が引いた。

「あ、あたしが……や、じゅうの……」

口をパクパクさせ、焦点のあっていない目で野獣を見つめる梅流。
しかし、梅流が正気に戻る前に、

「だ、駄目だ!梅流の命を犠牲になど出来るか!!」

と、彼女の父が野獣に向かって怒鳴った。
しかし……。

「誰が命を貰うと言った。嫁になれと言っただけだ。
 第一おれは貴様に交渉しているわけではない。
 この女…梅流に言っているのだ」
「貴様!何故、梅流の名を!」
「……たった今、貴様が言ったんだろうが……。
 ところで梅流。どうなんだ?」

はっと顔を上げる梅流。
と、身体が触れるくらい近くに野獣が立っていた。

「どうするんだ?父親をおれの食料にするか、
 お前がおれの嫁になるか…」
「……選択権ないようなものじゃない。
 いいよ。あたしお嫁になる」
「梅流!!駄目だ!!梅流!!」
「五月蠅い。梅流が承諾したんだ。
 貴様に用はない。とっとと帰れ」

野獣がパチンっと指を鳴らすと、
途端に檻は消え失せ、父は解放された。

「すぐに出ていけ。外の馬もな」
「え、ルーのこと知って…」
「安心しろ。何も手出ししていない」

そう言うと、野獣は何処かへ行ってしまった。
父と娘の最後ということで気を利かせたのだろうか……。

「梅流!!」

父は梅流の華奢な身体を力一杯抱きしめた。
途端、梅流の頬に熱い涙がこぼれ落ちた。

「すまぬ!わしがこんな城に入らなければ……。
 いくら悪天候に見舞われたからといって、こんな城に……」
「いいのよ、お父様。さあ早く逃げて。入口まで送るわ」

父の涙をハンカチで拭きながら、
梅流は父を城の入口まで連れて行った。
雪の嵐はとっくに止んでおり、
外ではルーが二人の帰りを今か今かと待ち望んでいた。
梅流たちの姿が見えると、ルーは嬉しそうに走り寄ってきた。

「ルー。ありがとう、待っててくれて。お父様。さあ早く」

父をルーの背に跨らせる梅流。

「梅流。一緒に来い。一緒に町へ帰ろう」
「駄目よ。野獣が怒ったらどうなるか分からないわ…。
 元気でね、お父様。ルー、お父様をお願いね」
「ブルルッ…」

頭のいいルーは何となく、
梅流が一緒に帰らないことに気付いていた。
しかし、大好きな梅流の願いなのである。

放心状態の父を背中から落とさぬよう、バランスをとりながら…。
彼は何度も何度も振り返りながら、城を後にした……。



父とルーが見えなくなると、梅流は城の中へと戻った。

これからどうすればいいのか……。
本当に野獣の嫁になるしかないのか……。
しかし下手に野獣を怒らせれば、父の命も危ない……。

あれこれ考えながら歩いていると、
いつの間にか地下室へ来てしまっていた。

「……あれ?」

一見、ごく普通の地下室に見えたが、
よく見ると奥にもう一つ扉があった。
何だか嫌な予感がしたが、恐る恐る扉を開けてみる梅流。

「……!!?」

そこにあったものを見た途端、梅流の顔は蒼白になった。
一面に……血にまみれた肉塊が転がっていたのだ。
牛や豚のものではない。どう見ても人間のものである。

「こ、これ……まさか、あの野獣が……」

ようやく動けるようになった梅流は、
まだ震えている足を何とか立たせ、走り出した。

「(殺される!ここにいたら殺される!!)」

心の中でそう叫びながら、梅流は走った。
城の中、何処をどう走っていたのかはよく分からないが、
多分最短距離で城の入口まで辿り着いただろう。

しかし…城を出ても梅流はその足を止めなかった。
暗い深い森の中へ、そのまま走り込んでいったのだ……。








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