「はあ…はあ……はあっ……あっ!」
ドサッ!
梅流の小さな身体が深く積もった雪の中へとほおり込まれた。
これで何度目だろう。もう手足が凍傷を起こしかかっていた。
しかし、梅流は構わず立ち上がり、再び走り出した。
あの時……野獣が父を食べると言った時、
梅流は本当は嘘のような気がしていた。
何となくだが、そんな気がしていて、
心の何処かで野獣のことをそんなに怖がっていなかったのだろう。
だから、安易に嫁になると言えたのだ……。
しかし……今は怖い。野獣が怖い。
あれだけたくさんの人間を喰い殺したのだ。
恐ろしい悪魔……嫁になるなんて、やはり恐ろしいことである。
「(逃げなきゃ…逃げなきゃ……)きゃっ!!」
ドッ!
またもや雪の中へダイビング。
しかし、再び起き上がろうとした時、
梅流は周囲の異変に気付いた。
何か……生き物の息遣いのようなものが聞こえてくる。
それも1つではなく、2つ3つ……いや、もっと多い。
10は軽く越えている。
森の近くで育った梅流は、それが何なのか、すぐに分かった。
「お、狼…狼の群だ!」
そう。
座り込んでいる梅流の周りを
十数頭の狼たちが取り囲んでいるのだ。
しかもその目はかなり飢えていることを裏付けるように、
梅流を襲うタイミングを計っていた。
「あっ……」
あまりの数…そして、そのどう猛な瞳……。
身体がガクガク震えて、梅流は立ち上がることさえも出来なかった。
じりじりと近寄ってきていた狼たちだったが……。
ついに一頭が梅流に飛びかかってきた!
「きゃあああああああ!!!」
思わず目を閉じ、叫ぶ梅流。
もう駄目だと思った、その時!
「ギャンッ!!」
「えっ…!?」
狼は梅流に食らいつくことなく叫び声をあげた。
何が起こったのかよく分からず、
おそるおそる瞳をあけようとすると……。
「馬鹿か!!夜の森へ一人で入る奴があるか!!」
梅流のまぶたが完全に開ききらないうちに、突然怒鳴られた。
その拍子に梅流は黒い瞳をぱっちりを開き、
そして自分を助けてくれたその人物を穴の開くほど見つめた……。
「あ、貴方は……」
ぽかんっとしたままその人物を見つめる梅流。
意外すぎたのだ。
まさか彼が助けに来てくれるなど夢にも思わなかったから……。
彼女を助けた人物……それはあの野獣だったのだ。
銀髪を靡かせ、手にした鞭で狼達を次々蹴散らしていく姿は、
さっきまで梅流の中に巣くっていた野獣への嫌悪感を
完全にうち消してしまった。
というより「何故」という一言が梅流の脳裏を駆けめぐり、
野獣への他の感情が全て失せてしまったのだ……。
今、彼は梅流を助けるため、守るために戦ってくれているのだ。
彼は人を食ってきた殺人鬼のはず……。
なのに今彼は……。
「な、何で…」
「は?何だ!?後にしろ!」
野獣はあまり梅流の話を聞いている余裕もないようである。
狼たちの数が多すぎるのだ。
いくら彼が鞭でなぎ倒していっても、
仲間の血の匂いをかぎつけ、後から後から集まってくるのだ。
そのうち段々野獣にも疲れが見え始め、
次第に狼たちの攻撃を避けられなくなってきた。
「…っつ!」
「あっ!」
野獣の白き髪、白き衣が鮮血に染まっいくのを、
梅流はただただ見ているしかなかった。
下手に動いても、邪魔なだけ。
自分には戦う力などないのだから……。
しかし……。
「ぐあっ!!」
「ああ!」
野獣の肩に狼の鋭い牙が深く突き刺さった。
何とかその狼の腹に一撃をいれ倒したものの、
他の狼たちがここぞとばかりに膝を折った野獣に群がったのだ。
十何頭もの狼たちが群がる中で、野獣の悲痛な声が聞こえてくる。
このまま何もしないでいるなんて梅流には耐えられなかった。
野獣は自分のために戦ってくれたのだ。
なのに自分はここで手をこまねているだけなんて!
「何か…何かないの」
辺りを見回し、使えそうなものを捜す梅流。
しかしあるのは雪くらい……。
その雪に埋もれてしまって枯れ枝さえない。
「何か……そうだ!!」
とっさに梅流はポケットに手を入れた。
取り出したのは、マッチ…しかし火を付けられそうなものもない。
梅流は迷わずいきなり自分の服を脱ぎだした。
冬の夜…しかも屋外に肌着一枚になるなど、自殺行為のようなものだ。
しかし梅流は寒さも感じていなかった。
必死にマッチを擦り脱いだ服に火を付けたのだ。
ボオオオッ!!
梅流の服はアッという間に燃え上がり、タイマツのようになった。
それに狼たちがきづかないはずがない。獣は火を嫌うものである。
狼たちは梅流が燃えた服を振り回しながら近づいてくるのを見て、
我先にと逃げ出していってしまった……。
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