「うっ……」
「あ、気が付いた!?」
目覚めた野獣の視界に最初に飛び込んできたのは、
梅流の優しい笑顔だった。
「大丈夫?」
「ここは…」
「お城だよ、貴方の」
梅流はニコッと微笑むと、
野獣の額からタオルを取り、脇に置いた洗面器で洗った。
その手は火傷を負っていた…軽く手当はしているらしいが…。
よく見ると、梅流の着ている服は、
先ほど梅流が着ていたものとは違った。
というよりそれは、タンスに入れてあった自分の服だったのだ。
「それ…」
「え?あ、これ…借りちゃった。ゴメンね」
「いや……それじゃデカくないか?他に何か……うっ!」
「あ、まだ寝てて。傷完全に塞がってないから。ほらタオル」
そう言いながら、梅流は横にさした野獣の額にタオルを置いた。
野獣の白い額……。
冷たいはずなのに不思議と温かい、そんな感覚に襲われていた。
そしてこの時、ようやく野獣は自分が今、
何処でどういう状態でいるのかはっきり分かった。
狼達に食い付かれてからのことは覚えていないが、助かったらしい。
そして今、自分の城の自分のベッドで梅流の介抱を受けている。
ということは…どうも梅流に助けられたようだ。
よく自分よりも背の高い男を連れていけたものだと感心しつつ、
女に助けられたことを恥じた。
しかし梅流の方はそんなことまるで気にしていないようである。
それどころか、自分が目覚めたというのに立ち去ろうともせず、
ずっと横に座っているのだ。
「何故…」
「え、何?」
「何故逃げなかった。今ならお前をおれは追えないぞ」
「何でって……そんなの怪我した人ほおっておけるはずないじゃない!」
「……変わってないな」
「え?何か言った?」
「いや、何でもない……」
しばらく沈黙が続いたが、今度は梅流から問いかけた。
「あの、あたしの方からも聞いていい?」
「ああ」
「何で、あたしを助けてくれたの?あたしは逃げようとしたのに……」
「…先に聞いていいか?」
「え?うん」
「さっき逃げようとしてたのか?」
「あ、ゴメンね!つい…」
「何故だ?」
野獣は梅流が逃げようとしたというのに、まるで怒っていない。
むしろ今とさっきで全然違う梅流を、面白く思っているようである。
「えっと、その……地下室見ちゃって…」
「地下室?地下室がどうかしたのか?」
「あそこ……いっぱい人の死体とかあったから…。
てっきり貴方が殺人鬼だと……」
「……あはは!!」
突然野獣が笑い出したので、梅流は驚き開いた口が塞がらなかった。
今まで野獣が「嗤って」いるような顔は何度か見た。
父のことを見ていた時はいつも「嗤って」いた。
しかし……今は「笑って」いるのだ。
しかもかなり楽しそうに……。
「お前、早とちりなところも変わってないな!」
「は、早とちり?」
何が何だか分からないといった梅流。
野獣はそんな梅流の頭に手を乗せ言った。
「あれは人形だ」
「に、人形??」
「といってもおれの趣味じゃないぞ。親父のだ。
昔趣味で作っていた蝋人形だが……。
精巧すぎるとはいえ、そんな間違いした奴お前がはじめてだぞ」
「に、人形…だったの…」
誤解がとけたのはいいが……。
梅流は自分の早とちりに顔を真っ赤にした。
考えてみれば、あの部屋からは血の匂いは全くしなかったのに……。
「まあ気にするな。間違いは誰にでもある」
「そ、そう?……あ、そういえばさっきの続きだけど、
どうしてあたしを助けてくれたの?」
「……助けて悪いか?好きな女のこと……」
「は??」
意外な返答に唖然としている梅流を見ながら、
野獣は耳まで真っ赤にしていた。
「え、だって…」
何とか言葉を捜して続けようとする梅流。
「貴方と会ったの、ついさっきなのに……」
「……やっぱり覚えてないのか」
「え?」
「当然か。色々あったしな…」
一人思い出に浸っているらしい野獣。
梅流は何が何だかさっぱり分からず、
「……全然話が見えないよ〜!」
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