♪music by "Yuht"





第五部
〜鏡〜





その後、野獣は怪我からくる疲労で再び眠りについた。
疑問だらけのままだったが、
とりあえず野獣が元気になったので梅流は安心した。

……安心した?

そうなのだ…。
いつの間にか、梅流は野獣のことを深く意識するようになっていたのだ。
彼が眠っている間、傷の痛みでうなされては泣きそうになり、
呼吸が荒くなればワタワタオロオロしてしまい、
かと思えば、落ち着きを取り戻すと、
これ以上にないくらいの安堵の息をもらした。

こんなにも彼のことを意識するということは、まさか……。

「まさか…ね……」

一瞬梅流の中を過ぎった感情。
しかしそんなはずないと、梅流はすぐにうち消した。

何となく気を紛らわしたくなり、梅流は野獣の部屋を少し歩いてみた。
部屋といっても、城の主の部屋である。
半端な広さでないので退屈しなかった。

と、一番隅のカーテンの影に何か階段のようなものがあることに気付いた。
隠すようにしてあったその階段を、梅流は一歩一歩上っていった。
どのくらい上がっていったろうか……。
螺旋状のその階段は、やがて一つの小部屋に行き着いた。
その中を見ては悪いかとも思った梅流だったが……。

思い切って、扉を開けた。
そこは本当に小さな、隠し部屋のようなところで、
中央に小さな茶色のテーブルが置かれている以外、何もなかった。

しかし……。
そのテーブルの上には誰をも魅了するような美しい花……、
一輪の真っ赤な薔薇がガラスのケースの中に入れられていたのだ。

「き、れい…」

思わず見とれてしまう梅流。
これほどまで鮮やかで光っているような薔薇……。
梅流は今まで見たことがなかった。

しばらくぼんやり眺めていたが、
ふとその後ろに銀色の手鏡が置かれていることに気付いた。

「鏡?かなり古そうだけど、綺麗に磨かれてるな〜」

鏡を手に取りながら呟く梅流。
と、鏡を持ったまま野獣の元へ戻っていった。
野獣はまだ夢の中にいるようで、すーすーと寝息を立てていた。
怪我の方ももう心配なさそうである。

「何だか、可愛い寝顔♪」

あれだけ怖がっていたのが嘘のよう……。
梅流はもう野獣のことを怖いなどとは微塵も思わなかった。
それどころか、もっともっと野獣のことが知りたいと思っていた。

「そういえば…この人、何て名前なんだろ。
 起きたら聞いてみようかな……えっ!?」

突然、手にしていた鏡が淡い銀色の光を発したのだ。
思わず落としそうになったが、何とか握りしめていることが出来た。

「危なかった……あっ!」

鏡を覗き込んで、思わず叫ぶ梅流。
そこに彼女の顔は映っていなかった。

素晴らしい蒼い山脈を臨む立派な城。
多くの人々が出入りしているが、皆立派な麗人ばかり。
キラキラと飾られた美しい人々が、満点の笑顔で微笑みあい、
幸せそうに行き交っている。
本当に夢のような世界……。
しかし、梅流は何処かで見たことのあるような気がしていた。

「もしかして…このお城の過去?」

ぽかんっとしながらも、じっと鏡の中を見つめている梅流。
と、突然人々の顔色が変わった。
驚く者、不安がる者、呆れる者、怒る者。
人によって態度は様々だったが、
誰一人変わったその情景を喜んではいなかった。

「何?何があったの?……あっ!」

突如、鏡に大きく映し出されたのは……10歳前後の少年だった。
服装は質素だが上品で、身分が高いことはすぐに分かった。
が、顔は全く見えなかった。
鏡があることを知っているように一度も振り返らず、
梅流の方へ背を向けて走っているのだ。

あの薔薇のように真っ赤な髪の少年…。
知らないはずなのに……。
初めて見るはずなのに……。

梅流はそれが誰なのか、はっきりと分かった。

「貴方……なんだね?」

梅流はまだ眠っている野獣に向かってぽつりと呟いた。

何故かは分からない。
どう見ても彼の髪は紅くない。銀色である。
肌も野獣の方が一弾と白く、
彼が人間でないことを裏付けているというのに……。

なのに分かるのだ。
この紅い髪の少年が野獣だということが……。


『蔵馬王子ーーー!!』

鏡の中から聞こえてきた声に、梅流は再び手元に視線を戻した。
そこでは数人の男たちが先ほどの少年を追っていた。

「…蔵馬っていうんだね、貴方は…」

分かって嬉しかった。

野獣−−蔵馬の名を知ることが出来た……。

それだけで、もの凄く嬉しかったのだ……。









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