♪music by "Yuht"





第六部
〜神〜





それからもしばらく梅流は鏡を覗き込んでいた。
相変わらず、蔵馬は鏡の存在を知っているように
背を向けた姿しか見せてくれなかったが、
それでも梅流は嬉しかった。

蔵馬のことを少しでも知りたかったのだ。
蔵馬は自分のことを何となく知っているような口振りだった。
蔵馬だけ知っているのは、何となくシャクである。

蔵馬のことを少しでも多く……。

あの時、梅流の感じた蔵馬を意識する気持ち……。
それは少しずつ確信に変わってきていた……。


『蔵馬王子ーーー!!』

また家来らしい男たちの声が鏡の中で木霊した。
これで何回目だろうか。

「蔵馬って手の焼ける子供だったんだね♪」

嬉しそうにクスッと笑う梅流。
しかし、次の家来の発言でその笑いも冷えてしまった。

『いい加減にして下さい、王子!
 殺生はいけませんと何度言ったら分かるのです!!』
「えっ……どういうこと?」
『五月蠅いなー。何だよ、狩りに行ってただけだろ』
『毎日じゃないですか!毎日これだけ生き物を殺しては、
 王子とてただではすみませんぞ!
 いつか山の神の怒りを買いまする!!
 いい加減に狩りに出るのはおやめ下さい!!』
『はいはい』

うざったそうに返事をすると蔵馬は行ってしまった。
しばらく家来だけになったので、
梅流は鏡から眠っている蔵馬に視線をずらした。

「蔵馬……狩りをするんだ…」

梅流は正直複雑な気持ちだった。
狩りは誰でもする。食べ物は動物だけでなく人間もいるのだ。
現に梅流の父も狩りをしてきていた。それを梅流も食べていた。

だから誰も蔵馬のことは責められない。
しかし……やはりただ殺すだけというのは……。


『王子!王子!!』

家来の絶叫に近い呼び声にハッとし、鏡を見る梅流。
蔵馬に何かあったのではと思ったのだが、蔵馬は至って冷静にしていた。

『何だよ。今日は狩りに行ってないぞ』
『そうじゃありません!た、たった今、山の神が…』
『山の神?』
『は、はい。蔵馬王子に併せろと…』
『……後ろのそいつか?』
『は?…ああ!』

驚いている家来の後ろには、既に神とやらが立っていた。
全身から淡い銀色の光を放つ美しい青年。
山の神らしく、半分が獣のような姿をしていた。
神に会ったといっても、蔵馬の態度は変わらず、
楽な体制のまま神に話しかけた。

『何だよ。用件がないなら帰れよ』
『お、王子!!ぶ、無礼ですよ!!』
『別に構わぬ。某も早々に去る。今回は忠告に来た』
『忠告?』
『蔵馬王子。次に山の生き物を殺した時、汝は野獣と化す。心得よ』
『野獣?』

蔵馬が反芻した言葉に彼は応えず、そのままスッと消えてしまった。
腰を抜かしていた家来だったが、這々の体で何とか蔵馬に歩み寄り、

『お、王子!!今後、殺生は禁物ですぞ!!絶対にですぞ!!』
『分かった分かった。下がれ』

やはり面倒くさそうに家来を追い払う蔵馬。
しかし内心は不安だったろう。
野獣と言っていいイメージの湧く者はいない。
そんなものに自分がなってしまうかもしれないのだ……。

『……狩り、もうやめるかな…』
「蔵馬…」

蔵馬のその一言に梅流はホッとした。
これで蔵馬は野獣にならずに……すむはずがない。
ならば、ここにいる蔵馬は誰なのだ。

つまり……この後にも蔵馬は殺生をしたということになる。
しかし、蔵馬のこの言葉に嘘はない。
では、何故……。


それから、鏡はしらばく蔵馬の日常を映していた。
たわいのない会話、平凡な毎日……。
蔵馬はつまらなそうだったが、狩りに行く様子はなかった。
いつまで経っても、蔵馬は紅い髪の人間のままだった。

「蔵馬……このまま人間でいられればいいのに……」

今の…野獣の蔵馬は決して悪い顔ではない。
むしろ美形である。
しかし……この銀髪と獣耳、それに尾があっては……。
普通の人間としての生活は出来ない。
だからこそ、ここで一人で暮らしているのだろう……。


ふと、梅流が再び鏡を覗き込んだ時、蔵馬は森の中にいた。
まさか狩りにと思い焦ったが、そうではないようである。
単に散歩しているだけだった。

『たまにはいいか。こういうのも』
「蔵馬……あれ?」

突然、蔵馬がバッと茂みに隠れたので、きょとんっとする梅流。
そのままじっと鏡を覗き込んでいると……。
向こうの方から誰かが歩いてきた。

「え?え?あ、あたし!!?」

唖然呆然の梅流。
何と、森の小道の向こうから歩いてきたのは……。
幼い頃の梅流だったのだ。

四〜五歳くらいだろうか…。
今と同じように長い黒髪をお団子に、チョコチョコと歩いてくる。
そして蔵馬はそんな梅流をじっと見つめているようだった。

その光景を見た途端、梅流の脳裏に一瞬不思議な記憶が過ぎった。

「あ、あれ?今の……」

何だか思い出したくない…思い出してはいけないような記憶。
しかし思い出さねばならないような……。
思い出せば自分が壊れてしまうかも知れない。
しかしそれでも……。

梅流は再び鏡に瞳をやった。









Copyright (C) KOHAKU All Rights Reserved