「蔵馬ーー!!」
窓辺でうつらうつらとしていた蔵馬は、
誰かが自分を呼んでいるような気がして面を上げた。
しかし、誰もいるはずがない。
この城は……再び自分以外の誰もない孤独な城と化したのだから……。
「気のせいか……」
「蔵馬ーーー!!」
「梅流!!?」
ガタッと音をたてて立ち上がる蔵馬。
バッと外を見ると、梅流が城の馬にまたがって城の門をくぐる姿が見えた。
あまりの出来事に気が動転しそうになったが、
とにかく蔵馬は窓から飛び降り、梅流を迎えた。
「どうしたんだ。そんなに慌てて……父親の病気治ったのか?」
「うん。蔵馬のくれた薬が効いて……って、でもそれより大変なの!!
町の人たちが貴方を殺しに来るの!!」
「えっ……」
梅流の言葉に蔵馬も同様を隠せなかった。
一国の王子だったのだから、命を狙われたことなど何度もあった。
しかし…野獣になってからは、一度もなかったのだ。
「お父様が……誤解して。町の人に野獣退治を……」
「分かった」
半ば混乱しながら言う梅流の言葉を遮る蔵馬。
自分も混乱しかけだが、今は困惑している場合ではない。
「とにかく城の中に……!!?」
言いかけた蔵馬がいきなり梅流の肩に倒れ込んだ。
「ぐっ…」
「蔵馬!!」
肩を押さえて荒息をたてる蔵馬。
キツく押さえた肩には、何と猛獣用の太い矢が……。
「やっぱり、一本じゃ死なねえか」
「吾甫!なんて酷いことを!」
「梅流。そんな気味の悪い野獣に騙されてるんじゃねえよ。
化け物の嫁なんてゴキブリがお似合いだぜ。
俺様の所に来いよ。幸せにしてやるぜ」
「なっ……」
あまりに酷い言葉……、
梅流は頭に血が上っていくのが、はっきりと分かった。
思いっきりその頬を殴ってやろうとした時、
梅流の腕を蔵馬が掴んだ。
「早く……城の中に……」
「蔵馬…分かった!」
梅流は蔵馬に肩を貸すと、すぐ後ろの扉に滑り込むように入り、
そのまま勢いよくドアを閉めた。
「蔵馬、しっかりして!!蔵馬!!」
蔵馬の肩から矢を抜き、傷口に口を当てる梅流。
思った通り、毒矢だった。
「傷は大したことないけど……毒が…」
「はあ…はあ……だい、じょうぶだ……この程度の毒じゃ死なない…」
「でも……」
ドンドンッ!!
「梅流!!おら、開けろ!梅流!!」
何人もの男たちが扉を蹴破ろうと、鈍器で殴りかかっている。
古びたこの扉では、もって数分……。
「ど、どうしよう…」
「梅流。お前はあの部屋に隠れていてくれ」
「蔵馬!」
「大丈夫だ。おれは…」
蔵馬は肩の傷に服を契って巻き付けると、
立ち上がり、扉を睨み付けながら言った。
「あいつの狙いはおれじゃない。お前だ。
おれはお前を誰かに盗られることの方が……何よりも辛い……」
そう言うと、彼は梅流の前にしゃがみ、真っ直ぐな瞳で、
「奴はおれが倒す」
「蔵馬……」
「待っててくれ。すぐに行くから」
「うん……待ってるからね!絶対に!!」
梅流はあの小部屋への階段を駆け上がった。
蔵馬は来てくれる。
絶対に。
約束したんだから……。
小部屋の扉を開けた時、梅流はその部屋が前と違っていることに気付いた。
鏡は梅流が下に持って下りた。
そのまま蔵馬は元に戻さないでいるのだろう置かれていなかったが、
それ以上に……。
「薔薇が……」
そう、蔵馬が人間に戻れるまでの期限を示す、
紅い薔薇の花びらが……前よりも散ってしまっていたのだ。
もう残されているのは、たった一枚だけ……。
「そんな……」
呆然としながら、薔薇に歩み寄る梅流。
そしてガラスケースを開けると、その薔薇を手に取った。
「蔵馬……」
蔵馬が元に戻る方法……。
それは誰からか本当に愛され、自分もその者を本当に愛すること……。
梅流がその誰かになれれば……。
「私は……蔵馬が……」
自分の気持ちが分からない梅流。
本当に蔵馬のことを想っているのか……。
きっと想っているはずである。
しかし……。
まだ漠然とした感情があるだけで……。
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