と、突然梅流が閉めたはずの扉が鳴った。
誰かが入ってきたのだ。
「蔵馬……?」
「やあ、梅流」
「あ、あんたは!?」
何と、小部屋の入口に立っていたのは、蔵馬ではなく吾甫だったのだ。
「く、蔵馬は……」
「ああ、安心しろよ。野獣はおれがちゃんと斬り捨ててやったからな」
「嘘っ……!!」
吾甫の言葉に呆然とする梅流。
彼はそんな梅流の表情など気にもせず、勝手に部屋に入ってきた。
「おいおい。そこまで露骨に嫌そうな顔するなよ。事実だぜ?
あいつは一人でこっちは何十人もいたんだ。当然だろ?」
「卑怯者!!蔵馬を……蔵馬を返してよ!!」
ボロボロ涙を流しながら、吾甫を殴ろうとする梅流。
しかし、その手を吾甫はあっさりと止めてしまった。
「?。何だよ、このほとんど散ってる薔薇は」
「あっ!!か、返して!!」
蔵馬の大切な紅い薔薇……。
吾甫になど触らせたくもない!
「返して!!蔵馬の薔薇なの!!」
「蔵馬?誰だよ、そいつ…ああ。もしかしてあの野獣か?
だったら、尚更…」
「きゃっ!」
吾甫に突き飛ばされ、床に転がる梅流。
痛む頭を振りながら起き上がった梅流の視界に飛び込んできたのは……、
窓からあの薔薇が落下していく姿……。
「いやああああ!!」
バッと窓から身を乗り出したがもう遅く、
薔薇は遥か地上目掛けて落ちていってしまった……。
「蔵馬の!!蔵馬の薔薇が!!」
「けっ。俺様だったら、あんなボロい薔薇なんかじゃなくって、
一生枯れない造花を大量にやれるぜ」
「そんなのいらない!!あれは蔵馬の……蔵馬の……!!」
「いい加減にしろよ、てめー。
死んだ野獣のことなんかとっとと忘れろよ」
「いや!!離して!!」
吾甫に掴まれた腕を必死にふりほどこうとする梅流。
しかし華奢な梅流が男の吾甫に敵うはずがない。
「離してよ!!」
「いい加減に俺様のものになれってんだ」
「誰が誰のものだって?」
突然聞こえてきた声に、バッと振り返る梅流。
吾甫も驚異の表情で、振り返った。
「残念だったな…」
「なっ!?野獣!!?」
「蔵馬!!」
小部屋の入口……壊れかかった扉にもたれ掛かるように蔵馬が立っていた。
体中傷だらけで……。
それでも梅流との約束を守り、来てくれたのだ。
「てめー…確かに死んだはず……」
「おれは……簡単には死なない。何しろ、『野獣』だからな……」
「この…死に損ないが!!」
バッと梅流の腕を離し、蔵馬に殴りかかっていく吾甫。
「蔵馬!危なっ…」
梅流が叫びきる前に、蔵馬は傷ついた腕にもかかわらず、
吾甫を思いっきり殴り飛ばしていた。
吾甫のその弱いこと……急所に入っていないと言うのに。
いちおう気絶は防げたらしく、
血のにじみ出る顎を押さえながら起き上がった。
「ちくしょ……」
「馬鹿か。一対一ならおれの方が上だ」
「くそっ…こうなったら!!」
何を思ったのか、吾甫はいきなり蔵馬に背を向け、
何と梅流に向かって突進してきた。
あまりの出来事に梅流は、迫ってくる吾甫に恐怖するだけだった。
「梅流!!俺様と一緒に死んでくれーー!」
「きゃああ!!」
吾甫が飛び上がり、梅流に掴みかかろうとしたその時、
「梅流、伏せろ!!」
蔵馬の声が、梅流を覚醒させた。
梅流は間一髪でその場にしゃがみ込み、吾甫の魔の手から逃れた。
しかし吾甫は往生際悪く、
梅流のなびく髪を掴もうと手を伸ばしてくる……。
もう駄目かと思ったその時……、
「えっ……?」
梅流は自分の頭上を何かが通り過ぎていくような気がした……。
しかしそれは梅流の視界に入ることなく、梅流の後方へ……。
そして……。
窓を振り返った梅流の黒い瞳に映し出されたのは……。
「!!??」
シンジラレナイ光景……。
蔵馬が吾甫を突き飛ばし、自らも地面に落ちていく……。
梅流はさっき薔薇が落ちていった時とは比べものにならない……、
ショックや衝撃を通り越した、何かに支配され、無我夢中で叫んだ。
「蔵馬あああぁあぁーー!!!いやああああぁぁーー!!!」
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