蔵馬が目覚めたのは、その直後だった。
「ん…?梅流?」
蔵馬は梅流がいないことに気付き、慌てて辺りを見回した。
しかし梅流はそこにいた。
ベッドの横に座っていて、見えなかったのだ。
「何だ、脅かすな……梅流?」
「ひっく……うっく……」
「どうした?腹でも痛いのか?」
「ご…めんね……ごめん…ね……」
「は?」
いきなり謝られて、何が何だか訳が分からない蔵馬。
しかし、梅流の手に鏡が握られていることに気付き、
「……見たのか…おれの過去を……」
「ごめんね……ごめんね……」
「何で、謝るんだよ?何で、梅流に謝る必要があるんだよ?」
おろおろしながらも、ベッドから這いだし梅流の正面に屈み込む蔵馬。
梅流はそんな蔵馬と視線を合わすことも出来ず、ただただ泣くだけだった。
「梅流。泣いてたら分からないじゃないか。
何も分からないのに謝られても困る。
お前は何もしてないのに、何故謝るんだ……」
「……ひっくひっく……だって……」
ようやく僅かに落ち着きを取り戻して話す梅流。
「蔵馬は……もう殺生やめようってしてた……
あのままなら、野獣になんかならずにすんだのに……
あたしが…狼に襲われたりなんかしたから……」
「あのな〜。別に好きで襲われたわけじゃないだろうが……」
「でも!!」
急に面を上げ、ボロボロに泣いている顔で蔵馬を見つめた。
蔵馬は誰かに泣かれるということが、あの時以来全くなかったので、
びっくりしているらしい……。
「やっぱり、あたしのせいだもん!!あたしがあそこにいなければ……
蔵馬が野獣になっちゃったの、あたしのせいだもん!!」
「…おれは野獣になってよかったと思ってる」
「えっ……」
突拍子もない蔵馬の言葉に、梅流の涙はピタッと止まった。
蔵馬はそんな梅流の肩に手を置き、
これ以上にないくらいの優しい表情で、
「そうじゃなかったら、こうしてまた梅流に会えなかっただろうからな」
「蔵馬……」
「本当言うとさ。梅流の父親がこの城に来たのは、偶然じゃなかったんだ」
「え?」
いきなり話題を変える蔵馬。
梅流はきょとんっとした表情で、蔵馬を見つめた。
「おれがさ。招いたんだよ、簡単な魔術で。梅流に会いたくてさ」
「蔵馬……何で、そこまであたしのこと……」
「だから……好きだからだって…」
「え?え?いつから?」
「……過去、見たんだろ?だからその……初めて見た時から……」
つまりは初恋で、一目惚れだったらしい。
彼はもう全身が銀色だったはずなのに、今では真っ赤になっている。
「蔵馬……」
梅流も蔵馬のことを……。
いよいよ本格的に、あの時感じたあの感情は……
本物だったということに気付きだしていた。
「あのね!蔵馬、あたしも……えっ?」
突然、梅流の手の中から淡い銀色の光があふれ出した。
鏡が再び光り出したのだ。
そして、今度映し出されたのは……。
「お父様!?」
そう、梅流の父親だったのだ。
ベッドに横渡り、ピクリとも動かない。
しかも顔は蒼白で、今にも死にそうである……。
「く、蔵馬!これって……」
「…この鏡は手にした者の見たいものを映し出すんだ。
お前の父親、病に侵されているらしいな…」
そう言うと、蔵馬は髪の中に手を入れた。
そして、おろおろしながら鏡を覗き込んでいる梅流の前に、
小さな薬包を差し出した。
「この薬持っていけ。すぐ治るはずだ。
おれが魔術で森を開く。五分もあれば着けるようにな」
「あ、ありがとう……あの…でも……」
「父親が治ったら……戻ってきてくれるか?」
「蔵馬……うん!!ありがとう!必ず戻ってくるからね!!」
そう言うと、梅流は蔵馬の部屋を後にした。
その後ろ姿を見送りながら、蔵馬はポソッと呟いた。
「俺も…馬鹿だな……」
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