♪music by "Yuht"





第九部
〜誤〜





「お父様!!」

バタンッと大きな音を立てて、転がり込むように家に入る梅流。
父は梅流の声すら聞こえていないらしい。
ベッドに倒れ込んだ形のままでいた。

「お父様!!しっかりして!!お父様!!」

わたわたしながらも、梅流は蔵馬から貰った薬包を開け、
中の丸薬を父の口に押し込んだ。

「えっと、水!水!」

水を探すが見つからない…。
代用になりそうな、酒やジュースもない。

「そうだ!裏の井戸で…」
「める……」
「お父様!!?」

声につられ、バッと振り返ると……。
父が……梅流のたった一人の父親が、
ゆっくりとその身体を起こしたではないか。

「お父様!!」
「梅流!!」

梅流は父の元へ駆けていき、しっかりと抱き合った。

「お父様ー!よかったあ!」
「梅流!!お前こそ、よく無事で!!本当によく帰ってきてくれた!!」



それから数日間。
梅流は実家で父と共に暮らした。
父の病は蔵馬のくれた薬でもう完全に治ったのだが、
栄養失調のせいか、体調はすぐによくならなかったのだ。

梅流は毎日父の介護にいそしんでいたが、
それでも頭の中にあったのは、蔵馬のことだけだった。

早く戻りたい。
蔵馬に会いたいと、そればかりを思っていた……。

そして、ある朝。
もう完全に体力も回復した父に、

「ごめんなさい、お父様…やっぱりあたし…戻ります」
「梅流!!?だ、駄目だ!!行ったら喰われる!!」
「お父様……」

梅流はこの数日で、父にちゃんと蔵馬のことは話した。
本当は人間で、いい人で……。
昔自分を助けてくれたことなども言ったのだが、
何分、梅流以外の者からは人間だった頃の蔵馬に関する記憶は
一切なくなっているのだ。
なかなか理解してくれなくても無理はないが……。

しかし梅流はそんな昔のことよりも、
今、自分が蔵馬のことを想っていることを信じて欲しかった。

「あたし……蔵馬の…野獣のことが……」
「だ、駄目だ!!梅流!!駄目だ!!」
「お父様……」

梅流は父親としての彼の気持ちも分からないでもなかった。
彼の中で蔵馬は、まだあの時の……。
梅流自身、怖がっていたあの時の蔵馬のままなのだろう。

しかし……今の梅流は蔵馬のことが誰よりも……。

「ごめんなさい。あたしは蔵馬の側にいたいの……」
「そ、そんな……じ、じゃあ頼む!後一日でいい!!一日だけ!!」
「じゃあ、後一日だけ……」

梅流は父親の願いを聞き入れ、後一日だけ滞在することにした。
永遠とは言わないが、またしばらく会えなくなるだろうから、
今夜だけでも一緒にいよう。
そう思っていたのだが……。

夜。夕食をすませた梅流は、猛烈な睡魔に襲われた。
ここ数日、バタバタしていたから疲れが溜まっていたのかも知れない。
蔵馬の看病と父の看病で、ほとんど寝ていなかったわけだし……。

「お父様。もうお休みしていい?」
「ああ……ゆっくり休みなさい……」
「それじゃあ。おやすみなさい」

そう言うと、梅流は自室に引きあげ、
そのまま着替えもせず、ベッドに倒れ込みすーすーと眠ってしまった。
と、その様子をドアの向こうから彼女の父はしかと見ていたのだ。

「……スープに入れた眠り薬が効いたようだな……」

そう呟くとそのまま家を出、バタバタと走りだした。
辿り着いた先は、老いた彼には似合わぬ酒場……。
そこへ滑るように駆け込むと、近くにいた若者の腕を掴んで叫んだ。

「頼む!!力を貸してくれ!!娘が野獣に心を奪われたんだ!」
「何だと!?梅流さんが!!?」

若者のその声は酒場全体に響き渡った。
途端、酒場で盛り上がっていた全ての若者の動きが止まった。
数秒の沈黙の後、梅流の父に腕を捕まれた若者は、
そのまま彼を引きずるように、一人の男の前に連れて行った。

黒にヘドロのような緑を混ぜたグシャグシャの髪の男……。
彼こそ、長年梅流にシツコク付きまとってきた町長の息子・吾甫である。

「た、頼む……娘を……助けてくれて……」
「よくもまあ、今まで散々断ってきたくせに俺様に言えたもんだな。
 分かってんのか?俺様にものを頼むってことはよ〜」
「分かっている……しかし野獣なんぞに梅流はわたせん。
 人間であるお前ならば、まだ……」

梅流の父としてもこれは屈辱でしかなかった。
しかしあの恐ろしい野獣に梅流を渡すなどトンでもない。
いつ喰われてしまうか分からないからだ。
せめてまだ人間である吾甫の方が、幾分マシである。

吾甫はそんな彼の心のうちを見抜いているらしく、ニヤニヤしながら、

「まあいいぜ。親の承諾があるなら、梅流も嫌とは言わねえだろうしな。
 よし、野郎共!!野獣退治に行くぜ!!」
「おおーーーーー!!!」


「嘘っ……」

酒場の裏口の向こう……。
梅流はしっかりこの話を聞いていたのだ。

父の盛った睡眠薬は大して強力なものではなかったらしく、
彼が部屋を出ていった直後に梅流は瞳を覚まし、
そして窓から何処かへ走っていく父を目撃したのだ。
不審に思い、こっそりと後を付けると……ここへ来たのだ。

「お父様が……そんな……!!」

父の行動にショックを受ける梅流。
いくら蔵馬のことを誤解しているとはいえ、ここまでしなくても……。
あまりの出来事に失神しそうになったが……。

「蔵馬に……蔵馬に知らせなきゃ!!」

そうだ、気絶している場合ではない。
早く蔵馬に知らせなければ……。

梅流は若者や父に見つからぬよう、そっと酒場から離れ、
自分の家に戻ると、急いで馬屋へ向かった。
そして愛馬ルーにまたがると、
一目散に蔵馬の城目指して走り出したのだ……。









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