壱・蔵馬と梅流 2 〜種族の溝〜
「蔵馬」
村からかなり離れた所で、梅流はようやく口を聞いた。
「梅流。大丈夫か?」
「……うん」
返事はしたものの梅流はまだ泣いていた。
無理もない。岩からやっと出られた矢先の大惨事だ。蔵馬の肩を掴む手にも力が入っている。
蔵馬は梅流の背中をポンポンと叩いてから、近くの横倒しになった木へ座らせ、自分も横に座った。
梅流はまだ、ぐすっぐすっとしゃくりあげていた。
「梅流……言いたくなかったらいいけど……何があったんだ?」
「……あのね…」
ゆっくりとだが、話し始める梅流。その間、蔵馬は一言も話さず、梅流の肩を抱いていた。

「そうか……」
納得がいった蔵馬は溜め息をついた。妖怪と人間との大きな溝が梅流を苦しめた。
そう思っただけで、蔵馬は辛かった。そして、事態は一刻を争うのだと、改めて実感した。
「蔵馬……梅流は……悪い子?」
不安そうに見上げる梅流。そのつぶらな瞳には、まだ薄っすらを涙が残っている。
「何言ってるんだ。梅流は全然悪くない」
「本当?」
「おれが言うんだ。間違いないさ。だからもう泣くな。梅流は笑っている方がいい」
「うん!!!」
やっと笑顔を取り戻した梅流。
蔵馬にも笑みがこぼれた。

「……でも、その服はどうにかしないとな」
「?。蔵馬?」
蔵馬はついさっき擦れ違った行商人の所へ走っていった。梅流はきょとんとした表情のまま
突っ立っていた。まもなく蔵馬が戻ってきた。
「梅流。これに着替えて」
「何?これ?」
「取り合えず、目立たないようにした方がいい。あそこの木蔭で着替えておいで」
「うん!!」
ぴょんぴょんと跳ねながら木蔭へ入る梅流。
蔵馬は道から外れた原っぱで火をおこし、焚き火を始めた。
「今日は野宿にするか……これで足りるかな」
行商人から買った肉まんの山に目をやりながら、蔵馬は溜め息をついた。
普通なら多いくらいだが、梅流の食欲を考えると……。

「蔵馬――――――!!!」
「梅流。終ったのか?」
「うん!ぴったりだよ!!」
蔵馬が買ってきた服は、橙で黄色の襟が付いたタンクトップと、赤茶色の長ズボン。
それに濃いピンク色の帯だった。流石にシッポは隠せなかったようだが、ズボンの色と
よく似ているので前よりは目立たない。
「それでよかったか?」
「うん!!すっごくいい!!ありがとう、蔵馬!!」
ばっと蔵馬に抱きつく梅流。もうすっかり元気になっていた。
「じゃあ、夕飯にするか」
「わあ―――い!!御飯だ!御飯だ!」
無邪気にはしゃぐ梅流。
しかし、案の定、あれだけでは足りず、次の行商人を待つ結果になってしまった。

夜。やっとお腹いっぱいになった梅流は、横になるとすぐに寝てしまった。よほど疲れたのだろう。
蔵馬は梅流にそっと毛布をかけてあげた。
「これからも大変だろうけど……よろしくね。梅流」
梅流の頭を優しく撫でると、蔵馬も眠りについた。

2人の旅は、まだ始まったばかりだ。