弐・小馬のしろ 1 〜妖怪売買〜
蔵馬と梅流が出会ってから、3日。
ずっと前からの仲のように、2人はすっかり打ち解けていた。
500年、岩の中にいた梅流にとって、それは限りなく短い時間のはずだった。
しかし、蔵馬とはもう何百年も一緒にいる、そんな感じがするのだった。
あの1件以来、蔵馬は梅流となるべく離れないようにしている。
もう、梅流が悲しむ顔は見たくないからだ。
そのかいあってか、梅流はこの3日間、1度も泣くようなことはなかった。
「蔵馬。あれ何?」
梅流が蔵馬の袖を引っ張り、訊ねた。
指差したのは、1台の馬車だった。車自体は古ぼけていたが
それを引く馬は、全身真っ黒で、良い物を食べて育ったのか
毛並みも鮮やかでつやがあり、朝日を浴びて光っていた。
「あれは、馬車っていうんだ。荷物を運んだり、人を乗せたりするものだよ」
「へえ〜。じゃあ、あれ、乗ろう!!」
「ダメだよ。乗るにはお金がいるんだ」
「どれくらい?」
「今日と明日、御飯抜きなら、乗れるけど」
「ええ―――!!食べないと、死んじゃうよ!!」
「あはは」
結局、その後6時間歩き続け、ようやく町らしい町に到着した。
3日間歩き詰だったが、梅流が散々な目にあった村から1番近い町だという。
「宿などありませんか?」
蔵馬は周囲の住民に聞いてまわる。梅流はその間、蔵馬の腕にしがみ付いていた。
やはり、まだ少し怖いのだ。
「ここは、町っていうより、旅の休憩地点みたいなもんだからね。
まともな宿はないが、酒場付きなら、いくつかあるよ。
そこの角を曲がったら、1つあるから、行ってみるといいさ」
通行人の40代前半と思われる婦人が答えてくれた。
「ありがとうございます」
「ところで、そっちの子はどうしたんだい?」
蔵馬にぴったりくっついて、隠れるようにしている梅流を覗き込んで訊ねる。
「この子は…」
「恥ずかしがりなのかい?お嬢ちゃん」
「ええ、そんなところです…」
「でも、まあ、お兄ちゃんには、懐いているみたいだね」
「は?」
「それじゃ、気をつけてな」
「あ、はい、どうも……兄妹だとでも思ったのかな。
全然、似てないんだけど…」
蔵馬はしがみ付いている梅流を見下ろしながら、ひとり言を言った。
「ふわふわだ〜」
始めてのベッドの感触に興奮しながら、梅流はコロコロと転がり遊んでいた。
蔵馬はもう1つのベッドに腰掛け、新聞を広げた。
「この辺でも、妖怪による影響が悪化しているな……」
蔵馬は深刻な面持ちで、捲っていく。
ふと、1つの記事が目に止まった。
「『妖怪オークション』、か。妖怪も人間も大差ないな」
溜め息をつきながら、記事を読む。
外観が良い妖怪や人間にとって利益をもたらす妖怪は、売買されやすいのだ。
(「梅流も気をつけないとな…」)
明日、朝からこの町の広場で、移動オークションが行われるとのこと。
広場は、この宿から、そう離れていない。
早々に立ち去った方がいいのかもしれないが、それでは返って
怪しまれるかもしれない。下手をすれば、梅流が妖怪だと
バレてしまうかもしれない。
無邪気にベッドで遊ぶ梅流。蔵馬は新聞を閉じた。
(「明日、オークションが終る頃に宿を離れるか……」)
朝早くから、広場は人で賑わっているようだ。
窓をしっかりと閉めているにも関わらず、人の声が聞こえてくる。
「蔵馬、うるさいよ〜」
耳を抑えながら、梅流が言った。
「梅流は、おれよりも耳が発達しているからな。
昼までの我慢だ。辛抱してくれ」
「うん」
そうはいったものの、やはり五月蝿いことに変わりはなく
耳を抑える手には、ますます力が入った。
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