壱・蔵馬と梅流 1 〜力の印〜
「じゃあ、蔵馬は西へキョウテンを取りに行くの?」
横を歩く蔵馬を見上げながら、梅流が聞いた。
「ああ。それさえあれば、妖怪も人間も普通に生きられるからね」
「ふ〜ん。でも変なの。共食いしないと生きられないなんて」
人間と妖怪の違いが分からない梅流は、腕組みして考え込んだ。
「多分、桃源郷全土に何か異変が起こっているんだよ。今は妖怪だけだけど
人間に異常が発生するのも、時間の問題。早く何とかしたいんだよ……
そういえば、梅流も平気なんだね」
蔵馬は思い出したように、梅流を見つめた。
梅流の見た目は、人間と差ほど変わらなかった。人前に出るにあたって問題なのは
風変わりな服装と、腰の下辺りから出たシッポくらいなので、そこら変は何とか誤魔化せるだろう。
「お腹すいた〜」
「もう少し行ったら村があるから。そこでお昼にしよう」
「わあ―――い!!」
ぴょんぴょん跳ね回って喜ぶ梅流。
蔵馬はそんな梅流を楽しそうに眺めていた。
「……梅流。あのさ」
「はひ?(なに?)」
「もう少し、ゆっくり食べたら?」
梅流の食欲が旺盛なのは予想がついていたが、まさかここまでとは思わなかった。
次々、来る料理を手当たりしだいに掴み取り、口は押し込んでいく。
咽を詰めそうな勢いだが、その様子は一向に見られない。
好き嫌いはあまりないらしく、何がきても子どものように喜んで食べている。
但し、茄子だけは苦手らしく、漬け物だけがチラホラ残っていた。
「よく食べるね。そこ小さな体の何処にそれだけ入る胃袋があるんだ?」
呆れながらも、微笑ましいと見つめている蔵馬。コーヒーを飲みながら、追加の品を注文している。
「あ〜、おいしかった〜。お腹いっぱいだ〜」
「あれだけ食べればね……」
あれからも梅流は食べ続け、ざっと30人分の食事をたいらげてしまったのだ。
店の人も他の客もかなり驚いていたが、一番びっくりしたのは、蔵馬だろう。
手元のお金が足りたのが、せめてもの救いだったが、本人はほとんど食べていないのだった。
「今日はここで宿を取ろうか……あれ?梅流!?」
慌てて辺りを見回す蔵馬。しかし、梅流の姿は何処にもなかった。ついさっきまで、横にいたのに。
「梅流!!梅流!!」
呼んでみたが、出てこない。
これだけの人だ。離れてしまうのも、仕方ないかもしれない。
しかし、梅流はまだ外の世界になれていない。
ここで、独りになったら、何が起こるか分からない。
蔵馬は冷静さを保ちつつ、動揺しながら、梅流を探し歩いた。
「あれ〜?蔵馬〜?」
梅流は梅流で蔵馬を探していた。ちょっとおいしそうなお菓子を売っていた屋台を
覗いているうちに、逸れてしまったのだ。
「蔵馬〜。何処〜?蔵馬〜!」
最初は暢気に呼んでいたが、時間が経つにつれ、だんだん不安になってきた。
「蔵馬!!返事してよ!蔵馬!!」
わたわたと走り回る梅流。
と、振り返った瞬間、通行人の1人にぶつかった。
「あっ、ごめんなさい」
「何だ。このガキ。ぶつかっておいて、なんちゅう言い方だ」
「謝ったじゃない」
「馬鹿言え。あれが謝ったうちに入るか。ここらでは謝るのは、金なんだよ、金!」
「持ってないもん」
「じゃあ、体で払って貰おうか」
ぐっと梅流の腕を掴む男。
「ちょっ、やだ!!やめてよ!!」
ドンッと梅流は思い切り男を突き飛ばした。梅流は仮にも妖怪。
その力で突き飛ばされたのだから、男は簡単に吹き飛んでしまった。
「このガキ!!」
仲間と思われる側にいた数人の男たちが、梅流に飛び掛ってきた。
「イヤ――――!!!来ないで―――――!!!」
叫んではいるものの、やられているのは、男たちの方だった。
梅流の体は「向かってくる敵を倒す」という条件反射が備わっていたのだ。
「こら――――!!そこで何をしている―――!!!」
騒ぎを聞きつけた警官たちが押し寄せてきた。
「何なんだ!?この騒ぎは!!」
警官たちが着いた時には、男たちは全員のびていて、梅流がその中央でぽつんと立っていた。
「まさか……君がやったのか?」
驚く警官たち。しかし、梅流の格好とシッポを見た途端、納得がいった。
「この妖怪を連行しろ!!」
梅流の両手に手錠をかけようとする警官。
急に梅流の顔色が変わった。
「ヤダ!!」
ばしっと手錠を叩き落す。梅流自身、何故か分からなかったが、手錠を手に
かけられることを、非常に怖く感じているのだ。
「おとなしくしろ!!」
「イヤダ!イヤダ!!蔵馬―――――!!!」
泣きながら、バタバタ暴れ、蔵馬を呼び続ける梅流。
「ちっ!仕方ない!!」
警官の1人が拳銃を取った。妖怪退治用の特別に作られた銃を……。
ドンッ
警官の放った弾は、幸い梅流に当らず、向かい側の壁にめり込んだ。
しかし、この警官の銃の腕は、仲間内でもピカイチだった。なのに、何故……。
「梅流!!」
人ごみを掻き分けながら、息を切らして走ってきたのは……懐かしい声。優しい声。
ずっと前から知っていたような、あの声の持ち主。
「蔵馬!!!」
警官の腕をすり抜けて、梅流は蔵馬の元へ走った。
「蔵馬!!蔵馬!!」
「梅流……」
ボロボロと涙をこぼしながら、蔵馬の腕に飛び込む梅流。蔵馬の瞳も潤んでいた。
その手から、小石が2〜3個落ちた。さっき警官が外したのは、蔵馬が警官に
石をぶつけ、方向を変えてくれたおかげだったのだ。
「よかった……無事で……」
「その妖怪は、貴様の連れか?」
警官の1人が荒々しく問い質した。
蔵馬がきっと睨みつけても、物怖じせずに、
「妖怪を村へ入れるなど、不届き千番!罰は受けてもらうぞ!!」
蔵馬だって負けていない。
蔵馬は梅流を信じている。梅流が悪事を働くはずがない。
勘違いか、あてつけに決まっている。
すっと、蔵馬は額に手をやり、前髪をかきあげた。
その途端、警官の表情が一変した。青ざめたその顔つきは、後悔の現れである。
「す、す、すみませんでした!!!」
いきなり土下座して謝る警官。他の警官も蔵馬の額を見た途端に、態度を変えた。
「も、も、申し訳ございません!!」
野次馬たちは蔵馬を後ろからしか見ていないので、何があったのかさっぱり分からない。
まさか、その紅い髪の下に、深紅の印があるなど、誰が想像し得ただろう。
冷たい瞳で見下ろしていた蔵馬だったが、自分の腕の中で震える梅流を気遣い、
「道を開けろ。この村は早急に引き上げさせて貰う」
「は、はい!!どけどけ!!一般民!!!」
警官たちは慌てて、道を開けさせる。
蔵馬は梅流を抱き上げて、村の出口へと歩いていった。
|