弐・小馬のしろ 3 〜天馬降臨〜

突然後ろから、男が3〜4人、追いかけるように走ってきた。
そして、蔵馬と梅流をぐるっと囲みこんだ。あまり、いい雰囲気ではない。
「見つけたぞ!この盗っ人が!」
「おれたちが?」
「ああ、そうだ!!そのちっこい馬はおれたちの商品だ!!」
(「…なるほど。こいつら、オークショニアか…」)
 
しろのような珍しい生き物を売買している以上、蔵馬が三蔵で
あろうがなかろうが、関係ない。むしろ、逆効果になるかもしれない。
(「…ここは、チャクラを見せても、無駄だな……さて、どうやってこの場を脱するか……」)
蔵馬は正直言って、戦い慣れている。妖怪や人間相手に、どのくらい戦ってきたわからない。
こいつらにも、1人なら、相手に怪我をさせずに、勝てる。
 
しかし、今は1人ではない。梅流もしろもいる。
しろは別として、梅流は強い。それは、この間の1件で、はっきりした。
しかし、あの強さを梅流は自分自身でコントロールできていない。
それは、限りなく危険なことだ。
この時代、いくら、秩序は乱れ、混沌とした社会になっているとはいえ
殺人罪はやはり重い。まして、梅流は妖怪。
即刻死刑になることは、まず間違いない。
それを阻止することは、蔵馬の権力をもってすれば容易いが……。
こんな奴ら(オークショニアたちのこと)の薄汚い命のために
梅流が社会……いや、世界から、冷たい目で見られるのは
梅流にとっても、蔵馬にとっても、耐え難いことだ。
 
出来れば、立ち去って欲しいのだが、そうも行きそうにない。
「梅流…」
蔵馬が梅流の耳元で、ボソッと呟いた。
「いいか。おれが時間を稼ぐから、お前はしろを連れて先に行け」
「え?でも…」
「いいから。すぐに行く。約束する」
「うん、分かった」
蔵馬から、しろを受け取り、男たちの隙をついて、走り出した。
 
「待ちやがれ!!このガキ!!」
「行かせない!」
ばっと、蔵馬が立ちふさがる。
「ドケッ!!」
「どく気があるなら、最初から、通せんぼなんてしませんよ」
ニコッと笑って返答する蔵馬。当然、男たちはキレた。
「このクソボーズ!!」
男の1人が蔵馬に殴りかかった。
 
ボカッ
 
蔵馬は少しよろめいたが、ほとんど同じ位置に立っていた。
「このやろ―――!!」
他の男たちも蔵馬に殴りかかった。
当然だが、蔵馬にとっては、少し「痛いな」程度で、全く効かない。
平然とその場に立っている。
「ど、どうなってるんだ!?」
男たちの怒りは、段々、恐怖に変わってきた。
怖くて当然だ。これだけ殴られているのに、顔色1つ変えず
ただ立っているだけの蔵馬……普通に考えたら、怖いに決まっている。
 
「ば、ば、化け物だ―――!!」
男の1人がそう叫んだ。
「おいおい、こんな奴に梃子摺っていたのか?」
いつの間にか男が1人増えていた。オレンジの髪。墨色の目。
蔵馬に緊張が走る。
(「こいつ……妖怪だ」)
蔵馬以外は気付いていないようだった。
周りの男たちは、妖怪とは知らずに子分になっているらしく
蔵馬のことを一部始終話した。
 
「この坊主が……なるほど、貴様、玄奘三蔵だな?」
「いちおうはな……」
「そうか……くっくっく」
「何がおかしい」
蔵馬の目付きが変わった。
周りの男たちは、その目に恐怖を感じ、腰を抜かしてしまったようだった。
が、蔵馬の眼中にはなかった。
 
「知っているか?得の高い坊主を食べた者は、不老長寿になれるんだぜ」
「迷信だ」
「そうかな。では、やってみるか!?」
妖怪が猛スピードで突っ込んできた。
(「速い!!」)
 
ザシュッ
 
妖怪の鋭い爪を、蔵馬は間一髪でかわした。
(「…思ったよりできる……油断したな……」)
「よく今のをかわしたな。だが、次はかわせるかな!?」
更にスピードを上げて攻撃してくる妖怪。
(「マズイ…」)
目で追おうとするが、速すぎる。
 
バッ
 
「ぐっ!」
蔵馬の肩から、血が噴出す。肉を引きちぎられたのだ!
「くっくっく。この肉を喰えば不老長寿。
 だが、もっと多い方が効果があるかもしれないな」
 
左手に肉の塊を持ったまま、次々と蔵馬に攻撃を仕掛ける妖怪。
蔵馬も何もしていないわけではない。
素人なら、最初の一撃で死んでいるようなものだ。
蔵馬だからこそ、何とか生きて動けているようなもの……
だが、それも時間の問題のようだ。
「がはっ!」
「くっくっく。そろそろ、終わりでしょうか。
 こんなに不老長寿の薬を貰いましたからね。死んで頂こうか!!」
妖怪が爪をキラリと光らせる。
「くっ……」
岩に凭れかかったまま、妖怪を睨みつける蔵馬。
「おお、怖い。しかし、これで最後だ!!」
 
 
 
「蔵馬―――――!!!」
何処からか、聞き覚えのあるの声がした。
妖怪は不意をつかれ驚いたらしく、蔵馬への攻撃をやめ、辺りを見回した。
「何処だ!?何処にいる!?」
「…め…る……?」
ゆっくりと上体を起こす蔵馬。
ふっと上を見上げた時、そこには信じられない光景が……。
 

何と、梅流は空を飛んでいたのだ。当然、梅流自身が飛べるはずがない。
では、どうやって……。
答えは見ればすぐに分かるのだが、巨大な白馬に跨っているのだ。
羽はないが、その白馬は悠々と空を飛んでいる。

「蔵馬――――――!!!」

梅流は白馬に乗ったまま、舞い降りてきた。

「蔵馬!!大丈夫!?」
「あ、ああ。何とか……で、この白馬はどうしたの?」

「蔵馬、やだな〜。しろちゃんだよ!しろちゃん!!」

「えっ、ええ――――――!!??」


挿絵★南野める

流石の蔵馬も驚かずにいられなかった。
何せ、さっきまで腕におさまるほどの大きさしかなかったのだから…。
しかし、よく見てみると、確かにしろが大きくなっただけのようだ。
普通の馬より遥かに小さかったのに、今は普通の馬よりも大きい。
そのつぶらな瞳だけは変わっていないようだが……。
 
「な、何で?」
「分かんない。蔵馬の血の匂いがしたから、戻ろうとしたら
 急にしろちゃん、大きくなったの」
「変幻自在なのか?しろは……」
「こら―――――!!俺様を無視するな!!」
半分、忘れられていた妖怪が、ギャンギャン声を張り上げて怒っている。
「あの妖怪、何怒ってるの?」
「さあな」
梅流たちがきた、ほんの数分の間に、回復してしまった蔵馬。
妖怪の攻撃はかなり浅かったようだ。
 
「もう怒ったぞ!貴様ら皆殺しだ!!」
妖怪が爪を更に伸ばして、襲い掛かってきた。
蔵馬はザッと構えたが、その必要もなかった。
 
ドッカ――――――ン
 
大きくなったしろに蹴飛ばされ、遥か彼方のお星様になってしまったのだ。
「しろちゃん、強――――い!!」
素直に感動する梅流。蔵馬はぽか〜んとしながら、しろを見上げた。
 
「な、何なんだ。あいつら……」
まだいたのかというような感じのオークショニアたち。
しかし、妖怪にも、蔵馬たちにも、そしてしろにも恐れをなしているようだ。
(「これなら、もう追いかけても来ないだろうな……」)
蔵馬は、自分が怪我を負ったにせよ、取り合えずこれでいいだろうと
ほおっておくことにした。
 
「あれ?しろちゃん?」
ひょいっと横を見ると、しろはあっという間に、縮んで
さっきの大きさまで戻ってしまった。
「ひょっとして……大きくなっているにも、限度があるんじゃ……」
「いいじゃん!また抱っこ出来し!!」
と、梅流はしろを抱き上げて、ぎゅ〜っと抱きしめた。
 
「まあ、いいか。行くぞ!梅流!しろ!」
「はあ―――い!!」
「ミーミー!!」
いつの間にか、日は西へ傾いていた。
 
2人と1匹は、夕日へ向かって、歩いていったのだった……。