参・盗賊妖怪・猪八戒 1 〜酒場の噂〜
「ふはは(蔵馬)――!ほれ、ほいひいひょ(これ、おいしいよ)!!
ふははほ、はへはほ(蔵馬も、食べなよ)!」
「いいよ、おれは。梅流が全部食べなよ」
「ふぁ―――い(は―――い)!!」
相変わらず、梅流の食べるスピードは速い。
レジのバイトらしき女性が、ポカンと口を開けて眺めている。
しかし、梅流も蔵馬もそんなのは、気にも止めていなかった。
「蔵馬!次、これ!これ!」
と、メニューを指差す梅流。
「はいはい。オーダーお願いします!」
昼御飯の時間帯を過ぎたせいか、この店にいる客は
蔵馬と梅流を合わせても、3グループだけ。
メニューからして、3時のオヤツに、という感じではなさそうだ。
夕飯の時間まで、当分は空いているだろう。
「しばらく、ここでゆっくりしていくから」
「うん!!」
嬉しそうに返事をする梅流。
食べ続ける梅流の胸元を見ながら、蔵馬は溜め息をついた。
この間、しろを見つけたあの時……茂みに入った時ついた汚れは
いくら洗っても落ちなかったのだ。
(ちなみにしろは、蔵馬の鞄の中で爆睡中)
最初に買った服以外にも、蔵馬は梅流に服を買ってあげたい。
何を言っても、年頃の女の子である。
だが、経を唱えたり、簡単なバイトをしたりして稼いだ金は、全て食費と
宿代(3日に1度泊まる程度。後は野宿)につぎ込まれてしまい
1銭も残らないのだ。
だが、梅流はちょこまかと動き回るので、どうしても服が汚れる。
こういう場合は、仕方なく、蔵馬の服を着せるのだが
全て法師の着る服なため、妖怪である梅流にとっては
かなり着心地が悪そうだ。
そうでなくても、梅流には大きすぎる。
やはり、新しいのを買ってあげたいものだと、溜め息をつきながら
追加の料理を注文する蔵馬だった。
「でよ――、聞いたか?」
後ろの席で数人の男たちが何やら話している。
蔵馬は何気なく聞き耳を立てていた。
「西の森に妖怪が出るらしいぜ」
(「西の森か……おれたちが明日通る所だな」)
「その妖怪。ただの妖怪じゃねえんだよ。盗賊なんだよ!盗賊!」
「盗賊〜?何だ、珍しくもねえ。盗賊妖怪なら、結構いるじゃねえか」
「いや、ただの盗賊じゃねえ。無茶苦茶、頭がいいって評判なんだぜ」
「知ってる、知ってる」
ウェイトレスまで混ざって、その妖怪の話に花を咲かせた。
「これ、噂だけど、その妖怪雪男らしいよ」
「違うわよ。雪みたいに白い妖怪なのよ」
「ええ―――。あたし、雪女だって聞いたわよ」
「え?男じゃねえのか?」
「変だな。おれはシッポが生えてたって聞いたぞ」
「おれは獣耳が生えてるって」
「何で、雪女に獣耳やシッポが生えてるよ」
「だから、雪女じゃないんじゃないの?」
「でも、どれもこれも、あんまり友好的な妖怪じゃないわね〜」
ウェイトレスの1人が、くすくす笑いながら言った。
「おれたちの噂話とは、違うようだな」
カウンターで飲んでいた男たちも話に乱入し、いよいよ、話は盛り上がってきた。
「おれたちは見かけの噂は聞いた事ねえが、その冷酷ぶりなら、知っている」
「え?どんな?どんな?」
「その妖怪は、人間を喰いもしねえくせに、殺すんだ」
「何だよ、それ。最低じゃねえか」
「だろう?しかも、見せしめみてえに、道のド真ん中に死体を
転がしてるんだとよ」
「うわ――、グロテスク」
「……」
コーヒーに砂糖を入れながら、蔵馬は怪訝そうな顔で聞いていた。
「蔵馬、これ入れるの?」
「ん?あ、ああ」
「だったら、一気に入れちゃおうよ!!」
「え、ちょっと、梅流!!タンマ!!」
蔵馬が止めようとした時には、もう遅すぎた。
梅流はコーヒーカップに、砂糖ツボごと押し込んでいた。
蔵馬は改めて、梅流に『常識』を教えようと思うのだった。
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