参・盗賊妖怪・猪八戒 3 〜銀色の妖狐〜

「……」

梅流は真っ青になった。
もし、蔵馬が押さえ付けてくれなかったら、今ごろ、あの岩のように木っ端微塵……。
そう考えただけで、ぞっとする。
腰が抜けるまでは、至らなかったので、蔵馬に支えられながら、立ち上がった。
しろはまだ何があったのか分かっていないらしく、蔵馬の肩に
乗っかって、きょとんとしていた。

蔵馬はすぐに状況判断が出来、梅流を抱えつつ、周囲を見回した。
普通の人間では、分からなかっただろうが、蔵馬には見えた。
5mほど離れた木。地上10mの葉が生い茂る枝の影にいる。
暗くて、顔はよく見えないが、独特の尾の形から、種類の推測は容易だった。

「……銀狐か……」
「ぎ、銀狐?」
「ああ、妖怪の1種だ。なるほど、頭がいいわけだ……」
「あの人が、『悪い事』してる妖怪?」
「分からない……がその確立は高いな…」

蔵馬と梅流がそんな遣り取りをしている間にも、銀狐の方は
次の攻撃態勢に入ろうとしている。
武器は、2メートルほどある巨大な熊手が主体のようだが……。
周りの木々がうねって、蔵馬たちに襲いかかってくるところを見ると
どうやら彼は植物使い。
つまり、この森全ての樹木が彼の武器……。

「まずいな……梅流。走れるか?」
「えっ?」
「ここは、全速力で突破するしかない。走れるか?」
「平気だよ。もう平気。あたし、走れるよ!」
少々、強気に梅流は言った。
蔵馬は柔らかに微笑んでから、梅流の手を取り、しろを小脇に抱えて、
「走るよ!!」

ダッ

襲い掛かる植物を避け、あるいは殴り倒しながら、森を突き進んだ。


「……そう簡単に見逃してくれそうもないな」
しつこく追ってくる銀狐を、時々、振り返りながら、蔵馬は舌打ちした。
森の出口まで、後どのくらいあるかは分からない。
しかし、当分、出られない事だけは、確かだった。

「……梅流。大丈夫か?」
「はあっはあ……はあっ……へ、平気……」
と、言ったものの、全然平気じゃない事くらい、見て取れる。

何せ、お昼は食べ始めたばかりで、ほとんど食べていない。
朝御飯は、肉まんを26個食べただけ。
夕飯は、叉焼麺を17杯食べただけ、他の物は食べていない。
普通なら、大食い選手権にでも出られそうなくらいだが
梅流には全然足りない。
砂糖の弁償にお金が大分消えたのが、原因ではあったのだが……。

「あっ……」
梅流が木の根につまづいて転んだ。
銀狐がそれを見逃すはずがない。蔦が群れなして、襲いかかった。

「梅流!!」
ばっと蔵馬が立ちふさがり、さっきの薔薇を振りかざした。

ヒュンッ

薔薇の花びらが散ったかと思うと、蔵馬の手には薔薇の棘がついた鞭が…。
辺りに薔薇の香りが広がった。

「蔵馬……これ」

「薔薇棘鞭刃(ローズ・ウィップ)!!」

ピシッと鞭を打ち鳴らす蔵馬。
その様子を見て、銀狐は木々をすり抜け、地面に舞い降りた。


銀色の長い髪。
金色の冷たい瞳。
髪と同じ色の長くてふさふさとした、美しい尾。
肌は雪のように真っ白。その上に水色がかった白魔装束を着ている。
その険しい表情には、明らかに殺意が込められている。
が、この世のものとは思えぬ美男子であった。


「……何故、貴様は人間を殺す」
「……答える必要はない」
銀狐は静かに答えると、すっと剣を構えた。
蔵馬も鞭を構える。

「梅流。しろ。離れてろ」
「でも、蔵馬……」
「おれなら、大丈夫だ。離れてろ」
「う、うん……」
邪魔にならないように、後ろへ4〜5歩下がる梅流。

しかし、後ろを見ずに下がったのは、間違いであった。

「きゃああああ!!!」
まさか、茂みの向こうが、急な下り坂になっているなど、誰が想像し得ただろう。
崖よりは幾分かマシだが……。


「梅流!!!」
蔵馬は駆けつけようとしたが、銀狐がそれを阻み、攻撃を仕掛けてきた。
「ちっ!」
間一髪でかわし、鞭で突破口を開こうとする。
が、銀狐は容赦なしに攻撃を繰り返すと同時に、蔵馬の攻撃も見切っていた。
もちろん、蔵馬も銀狐の攻撃性質は見切ったが、梅流が気にかかり
戦いに集中出来ずにいた。

「しろ!行け!!」
ばっと手を上げて、しろをほおり投げる。
しろは小さいままでも、多少は飛べる。
かなり不安定な飛び方だが、そのまま坂を降り、梅流を追いかけていった。


小一時間ほどやり合った。
流石に人間と妖怪では、力の差が歴然としている。
銀狐には、まだ十分余力が残されているようだったが、蔵馬は息があがっていた。

「くっ……」
「どうした?これで終わりか?玄奘三蔵」
「その名で呼ぶな!吐き気がする!!」
「……何だ。法師なんて、階級が勝負だと思っていたが、違うのか」
「大概はそうだな。だが、おれはそんなもの興味ない!おれが大切に
 していきたいのは、階級とか身分とかいう、くだらないものじゃない!!」
「……そうか…」

蔵馬が自分をぶつけるように発した言葉に、銀狐は何かを感じたようだった。
蔵馬が不思議に思っていると、
「いたた……」
「梅流!!」
梅流が大きくなったしろに乗って上がってきたのだ。
木々の間を抜けてきたのか、枯れ枝を体のあちこちに付けて……。

「梅流!!」
「蔵馬〜〜〜」
蔵馬は戦いを放棄し、梅流に駆け寄る。
銀狐も追わなかった。

「大丈夫か!?梅流!!」
「うん、平気。ちょっとかすっただけ」
右手にかすり傷を作っているが、他に怪我はなさそうだ。
「へっちゃらだよ!!梅流、丈夫だもん!
 それにしろちゃんが乗っけてくれたし!」
「そうか……しろ、よくやったな」
「ミーミー!」
蔵馬は心底ほっとした。


「あ、そうだ。蔵馬。さっき坂の下に落ちた時ね、人間が何人かいたみたいだよ」
「え、こんな所に?」
「おい、そいつら、どんな格好していた」

いつの間にか、背後にいた銀狐が問い質した。
「えっと……確か、黒い頭巾と黒い服着てたと思うけど……」
「しまった!!奴らだ!!」
「どうしたんだ?おい…」
蔵馬の問いにも答えず、銀狐は走り出していた。



「ねえ、蔵馬……」
「何だ?梅流」
「あの人、本当に『悪い事』した人なの?」
「何で?」
「だって……そんな感じしないもん。
 この前のおじさんたちみたいに怖くなかったし……」
「確かに……訳ありという感じではあったが……」

銀狐が走っていった方を見つめていた2人だったが、時期に、

「蔵馬!!あの人追いかけよう!!」
「えっ、何で!?」
「だって、気になるもん!!」
「そりゃ、気にはなるけど、しかし……」
「じゃ、行こう!!」
「あ、梅流!!待て!!」

蔵馬が止める暇もなく、すっかり元気になった梅流は銀狐を追いかけていった。