参・盗賊妖怪・猪八戒 4 〜涙の風〜
「ここかな?」
「多分な……この樹から、あの妖気を感じる」
蔵馬、梅流、しろが辿り着いた所は、樹齢1万年を越えると思われる巨大な樹だった。
太い幹。生い茂る葉。地面を突き破り伸び続ける根。
その幹の中央に大きな空洞が出来ている。
「ここ……あれ?中に誰かいる?」
「銀狐か?」
蔵馬と梅流は慎重に空洞の中へ足を踏み入れた。
「……」
蔵馬も梅流も言葉を失った。
その瞳に映ったものは…………何人もの人間の惨殺死体…そして、その肉片や血。
その中心で、銀狐が突っ立っている。
その手も、熊手も、銀色の髪も尾も、全てを紅く染めて……。
「銀狐……」
ようやく蔵馬が口を開いた頃には、日は傾きかけていた。
「ああ……貴様か……さっきの法師……」
「貴様……これ…全部……1人で……」
「……許せなかったんだ……」
今の銀狐には、さっきの闘志も殺意も悪意もなかった。
ただ、絶望だけが、銀狐を取り巻いている。
「何が、許せなかったんだ?」
蔵馬は梅流を支えながら、銀狐に歩み寄った。
「こいつら……全部……」
「何があったんだ?話せば、少しは楽にもなる」
蔵馬と銀狐は通ずるものがったのだろう。
いつの間にか、和解しており、銀狐は素直に話し出した。
「おれたち銀狐は年々、減少している。その原因を知っているか?」
「ああ。表向きは銀狐の繁殖力の低下と、環境ホルモンの異常性。
だが、本当は人間が毛皮のために大量に狩り取っているからだ」
「そうだ……」
「だが、銀狐狩りは禁止されているはず……そうか、こいつら、密猟者か」
「そう……こいつらが、この森を狩場とし出したのは、1年ほど前。
表向きは人間に害なす妖怪を狩る事……しかし、真の目的は
銀狐の毛皮……おれの家族だ……」
銀狐の視線の先には、人間の死体の山が……。
しかし、よく見ると、人間の死体の中に、ちらほら狐の死体も混ざっていた。
銀狐のような動物的な妖怪は、死ぬと真の姿に戻るのだ。
硬直具合からして、ついさっき殺されたようだ……。
蔵馬はやっと今の状況が理解でき、
「貴様が外へ出ている僅かな間に、貴様の家族は、密猟者に殺されてしまった。
一足遅く戻った貴様は、逆上し、密猟者を殺した……」
「そういうことだ……そうでなければ、殺したりなんかしないさ……」
「…なるほど。それなら、合点がいく。
道端の人間の肉片や血は、こいつら密猟者の仕業だったのか。
この森の妖怪は、割と大人しい奴らなんだろう。
それでは妖怪退治の面目がたたない。だから、妖怪の仕業に見せかけた。
妖怪狩りは容易に出来るし、人間は恐れて入ってこない。
たまに入ってくる奴を見せしめにすれば……だが、こいつらが
おれたちを襲わなかったのは、貴様がずっと付回していたから。そうだな」
「ああ。貴様には親しみを覚えたし、それに……」
銀狐はちらっと梅流を見やった。すぐに視線を床に戻し、
「そっちの女ぐらいの妹がいたんだ。1年前、最初の犠牲者となって死んだが…。
重ね合わせてしまってな」
「昼飯の時、襲ったのは、こいつらが痺れを切らし、おれたちへの
攻撃準備に入ったから。おれを梅流の所へ行かせまいとしたのは
おれが行こうとした先に何か仕掛けがあったから。
それが、梅流には効かないものと知っていたから。そうなんだな?」
「まあな……けど、もうどうでもいいさ。みんな死んだ……」
床に散乱した狐の死体と毛皮を、拾い集める銀狐。
蔵馬と梅流も手伝った。
「すまんな……火まで借りて」
密猟者の死体ごと、樹を焼く3人。
「その……狐さんたちの死体はどうするの?」
銀狐の腕の中、5頭分の狐の死体が風に揺れる。
梅流の瞳には涙がたまっていたが、泣かなかった。
1番泣きたいのは誰なのか。それは梅流にも、はっきりと分かった。
「近くに墓がある。そこへ埋葬するさ」
「手伝う!!」
「しかし……」
「手伝うの!!」
じっと梅流は銀狐を見つめる。
「行っても無駄だぞ」
蔵馬も言いはる。
「ミーミー!」
しろまでが、銀狐に『手伝う』と叫んだ。
「……頼む」
銀狐は、蔵馬と梅流の、同情でない優しさに、甘える事にした。
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